Arduino誕生の裏にあった「男たちの約束と裏切り」
── 何気なく使ってきたあのボードの、知られざる20年
ふと目に止まった YouTube の一本に、思わず引き込まれてしまいました。
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タイトルがちょっと物騒です。「約束と裏切り」って、マイコンボードの紹介動画じゃないですよね、これ。でも観始めると止まらない。Arduino という、私たちが当たり前のように机の上に転がしているあの青い基板に、こんなドラマがあったのかと、しみじみ感心させられる動画でした。
ハムにとっての Arduino
そもそも Arduino は、シンプルさと手の届く価格で、私たちアマチュア無線家にとっても本当に馴染み深い存在ですよね。
CW キーヤー、アンテナローテータの制御、Si5351A クロックジェネレータ IC を使った自作 VFO、SWR/パワーメータ、APRS のトラッカー、リグの CAT コントローラ・・・ 周りを見渡せば、ハムの「ちょっとしたインタフェース」のかなりの割合が、Arduino(あるいはその派生)に支えられています。私自身、過去に作った CW 関連の補助ツールやら何やらで、ずいぶんお世話になってきました。
オーディオマニアの方なら、自作 DAC 周りの I²C 制御や、真空管アンプのバイアスモニタ、デジタル入力セレクタなどで触ったことがあるはずです。PC や電子工作が趣味の方なら、それこそ「最初の一枚」が Arduino だったという人も多いんじゃないでしょうか。
それくらい、Arduino は現代のホビイストにとっての「共通言語」になっています。
それなのに、誕生の物語は意外と知られていない
私もそうでしたが、Arduino の来歴って、なんとなく「イタリアの大学発のオープンソースなマイコンボード」くらいの解像度で止まっていたのではないでしょうか。
この動画を観て初めて知ったこと、改めて考えさせられたことが、本当にたくさんありました。
たとえば ── 「Arduino」という名前は、創業メンバーがよく集まっていたイタリア・イヴレアのバーの名前から来ていること。そのバー自体が、11世紀の悲運のイタリア王 Arduin of Ivrea にちなんでいたこと。初代ボードが一般的な緑ではなく青色で作られ、裏面にイタリアの小さな地図があしらわれていたこと。
そして、Massimo Banzi、David Cuartielles、Tom Igoe、David Mellis、Gianluca Martino という5人の共同創業者が、Ivrea Interaction Design Institute(IDII)という小さなデザイン学校を母体に、「学生でも使える、安くて簡単なマイコンボード」を作るところからすべてが始まったこと。
ここまでは、よく語られる「いい話」です。
ところが、20年のあいだに何が起きていたか
動画のタイトルが「約束と裏切り」と銘打たれているのは伊達ではありません。
5人で立ち上げたはずの Arduino LLC。その裏で、製造を担っていた一人のメンバーが、他の創業者には黙ってイタリアで「Arduino」の商標を登録していた・・・そんな出来事が実際にあり、それが約2年間隠されていた、という話が事実として残っています。後に勃発する Arduino LLC 対 Arduino S.R.L. の法廷闘争へと繋がっていく、その火種の部分です。
オープンソースという旗印のもとに集まった仲間たちのあいだで、なぜそんなことが起きたのか。誰がどの立場で、どんな思惑で動いたのか。動画はそのあたりを、参考文献ベースで丁寧に追いかけてくれます。
そして物語は、累計販売数が数千万枚規模に達し、世界中のメイカームーブメントを牽引する存在になっていく成長期を経て、ごく最近の Qualcomm による買収のニュースまでを射程に収めます。20年というスパンで一気通貫に眺めると、Arduino というプロダクトが背負ってきた重みが、まったく違って見えてきます。
なぜハムの人にも観てほしいのか
この動画、ハムの皆さんにこそぜひ観てもらいたい一本だと思っています。
冒頭で書いたとおり、Arduino は私たちのシャックの中で、もう「電源とコネクタ」と同じくらい当たり前の部品になっています。自作派のハムなら、過去の作品のどこかに必ず一枚は Arduino が潜んでいるはずです。
その「いつもの相棒」が、どんな思想で生まれ、どんな人たちに育てられ、どんな揉め事をくぐり抜けて今の姿になったのか。これを知っているのと知らないのとでは、次に基板を手に取ったときの感慨がまるで違います。
オープンソースハードウェアという文化が「どうやって商業的にサバイブしてきたか」というケーススタディとしても、商標と法人と創業者間契約をめぐる生々しい教科書的事例としても読めます。けれど何より、イヴレアという小さな町のバーで始まった企てが、世界中の電子工作愛好家に行き渡り、最終的に大手半導体メーカーに買われていく ・・・このスケール感のある一本の物語を20分前後で味わえる、というのが純粋に面白かったです。
自分の半田ごての先で動いてきたあの青い基板に、こんな歴史が乗っかっていたのかと、きっとニヤッとするはずです。
観終わったあとの Arduino
動画を観終えてから、私の机の引き出しから実験用で使っていた Arduino Uno を手に取ってみました。
ハンダのにおいの染みついた、ちょっと汚れた青い基板。何度も CW キーヤーや Si5351A VFO の試作などで抜き差ししてきた、いつものあいつ。
なのに、ほんの少しだけ、見え方が変わったような気がします。これは単に「便利な8ビットマイコンの載った基板」ではなくて、20年の約束と裏切りと和解とを背負って、それでもなお現役で動き続けている工芸品のようなものなのではないか、と。
そんな視点をくれるという意味で、ハム・オーディオ・PC・電子工作・・・ジャンルを問わず、何かしらの「自作」に関わっている人すべてに、ぜひ観てほしい動画です。
▶ 【歴史解説】Arduino:男たちの約束と裏切り、買収までの20年
休みの日のコーヒー一杯ぶんの時間で、Arduino がちょっと違って見えるようになります。