JH1LHVの雑記帳

和文電信好きなアマチュア無線家の雑記帳

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アマチュア無線は「空の公共圏」になり得るか? 新聞記事から考える無線の未来

先日、日経新聞に掲載されていた
『地域支える「夜の公共圏」』(東京都立大学教授・谷口功一氏)
という記事を読み、ふとアマチュア無線のことを思い出しました。

記事のテーマは「スナック」です。

スナックと聞くと、少し古い業態のように感じるかもしれません。実際、店舗数は減少しています。ところが最近では、「地域のコミュニティを支える場」として、あらためて評価されつつあるのだそうです。

この話が、いま私たちのアマチュア無線界が直面している
「人口減少」と「これからの役割」
と、驚くほど重なって見えました。



効率化の先で失われた「雑談」

記事では、コロナ禍を経て SNS やオンライン会議が急速に普及し、情報のやり取りは格段に効率化した一方で、雑談や、偶然生まれる会話が減ってしまったと指摘されています。

これは、無線の世界にも当てはまる話ではないでしょうか。

いまやインターネットを使えば、地球の裏側の人とも一瞬で、しかも確実につながれます。技術的な情報も、検索すればすぐに手に入ります。
アマチュア無線の世界でも、599BK の CW 交信や、声を発しない FT8 など、「効率」を重視した通信が主流になりつつあります。

それ自体は、もちろん素晴らしい進化です。

しかし一方で、無線機のダイヤルを回し、ノイズの向こうから聞こえてくる誰かの CQ に応答し、思いがけず会話が始まる・・・
そんな体験は、確実に減ってきているようにも感じます。

そこには、SNS のタイムラインには流れてこない「生の声」や「偶然の出会い」があるんです。

CW(和文) と FT8 は、同じ無線でも役割が違う

ここで少し、CW と FT8 についても触れておきたいと思います。

FT8 は、限られた電波状況の中でも確実に交信でき、世界中の局と短時間でつながれる、非常に優れた通信方式です。特に都市部のノイズ環境や、アンテナ条件が厳しい中では、FT8 がなければ「聞こえない・飛ばない」という人も少なくありません。

その意味で FT8 は、誰にでも参加できる、非常に公平な通信手段だと言えます。

一方で、FT8 の交信は、必要最小限の情報だけが淡々とやり取りされます。
そこに相手の体調や気分、ちょっとした雑談が入り込む余地は、ほとんどありません。
これは FT8 が冷たいのではなく、最初から「会話」を目的としていないからです。

しかし、CW であっても和文ラグチューは、まったく逆の性格を持っています。
符号を打つ速さや間の取り方、少し崩れたキーイングから、相手の様子が伝わってくることがあります。

「今日は少し疲れているのかな」
「今日は調子がよさそうだな」

そんなことを感じ取れるのも、和文 CW ならではです。

  

「見知らぬ者同士」を自然につなぐ場

記事の中で、特に印象に残ったのが、スナックと居酒屋の違いについての説明でした。

居酒屋が「知人同士で会話を楽しむ場」であるのに対し、スナックは「見知らぬ客同士の会話を前提とする、ほぼ唯一の飲食業態」だというのです。

これを読んだとき、思わず「それってアマチュア無線と同じだ」と感じました。

周波数は誰のものでもありません。
CQを出せば、そこは見知らぬ局同士が出会う場所になります。

スナックでは「ママ」が会話を取り持ち、場の空気を整えます。
無線では、運用マナーやキー局の存在が、その役割を担っています。
初対面でも、コールサインを名乗り、相手を気遣いながら、自然と言葉を交わす・・・。

強い言葉(いわゆる炎上)を避け、相手の変調や声のトーンから体調や気分を察しながら行う QSO。

記事にあった、「安心して言葉を交わせるスナックのような場は希少になっている」という一文は、そのまま「安心してつながれるアマチュア無線は希少になっている」と言い換えられる気がしました。

若い世代にとっての「新しさ」

興味深いことに、記事では、スナックを若い世代が継いだり、新しく始めたりする動きにも触れられていました。

文字情報や SNS に疲れた若者にとって、相手の温度感が直接伝わる空間は、むしろ新鮮で、安心できる「社会装置」として機能しているのだそうです。

これは無線も同じかもしれません。

無線界では高齢化がよく話題になりますが、若い世代から見れば、

  • 自分の設備と技術だけで誰かとつながる体験

  • フォロワー数や「いいね」と無縁の世界

  • 損得勘定のない会話

こうした要素は、むしろ新しく、魅力的に映る可能性があります。

ドイツの哲学者ハーバーマスが論じた「公共圏(パブリック・スフィア)」のように、
アマチュア無線は「空(そら)の公共圏」としての可能性を、いまも秘めているのではないでしょうか。

数は減っても、役割は終わらない

新聞記事は、スナックを「地域を動かす、現実的な公共性を持つ存在」として結んでいました。

私たちアマチュア無線家も、ただ「局数が減った」「昔は良かった」と嘆くだけでなく、この趣味が持つ 人と人をつなぐ力 に、もっと自信を持っていいのだと思います。

災害時の通信確保はもちろん、日々のラグチューが誰かの孤独を和らげ、地域の OM と若い世代が技術を通じて交流する。

それは単なる趣味を超え、現代社会に必要な「ゆるやかなセーフティネット」や「広場」としての役割を果たしています。

スナックが「夜の公共圏」なら、アマチュア無線は 「電波の公共圏」

人口が減っている今だからこそ、この「見知らぬ誰かと、安心してつながれる場所」を大切にし、次の世代へと手渡していきたい・・・

そんなことを、この新聞記事から改めて考えさせられました。

世代を超えた「電波の公共圏」