JH1LHVの雑記帳

和文電信好きなアマチュア無線家の雑記帳

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旅行での写真撮影で感じたこと

先日のハムフェアが終わり、その翌々日から2泊3日で広島まで旅行に行ってきました。原爆ドーム、厳島神社、そして呉にある大和ミュージアムを巡る、なかなか濃い行程です。イベントの余韻も冷めやらぬうちから次の予定へ突入するのは、我ながら少々欲張りだったかなと思いつつも、久しぶりのまとまった旅はやはり良いものでした。

さて、今の時代は皆さんスマホを持っているので、どの観光地に行っても、ほぼ全員がスマホを構えて写真やビデオを撮影しています。御多分に洩れず私も同じようにスマホを構えて、1箇所で100回くらいはシャッターを切っているわけです。ところが、そんなふうに夢中でパチパチやっている最中に、ふと立ち止まって考え込んでしまったのです。

撮るけれど、見返さない

自分のスマホの写真フォルダの中には、数万枚もの写真データが保存されています。しかもこれらは、意識せずともクラウドへ自動でバックアップされていきます。容量を気にすることもなく、どんどん貯まっていく。ところが、それらを後であらためて見返すことは、まずありません。

インスタでもやっていて、家族や友人と日常的に共有しているのならまだ意味もあるのでしょう。でも私はインスタはやっていませんし、子供たちとも写真を共有していません。そもそも子供のほうも、親と写真を共有するのは嫌でしょうから、これはお互い様というものです。

考えてみれば、簡単に写真が撮れて、その場ですぐ見られて、しかもタダ。この「タダ」というのが曲者で、こうなると構図も何も考えずに、ただ闇雲に撮る、撮る、撮る。特別な日のご馳走でもないのに、食事のたびにパチリ。後でカロリー計算をするわけでもないのに、毎食のように撮ってしまう。こういう写真が何千枚、何万枚とあるものだから、一枚一枚のありがたみはすっかり薄れてしまいます。そして、いざ「あの時の大切な思い出の写真を探そう」と思っても、なかなか見つけられない。そういうことが続くと、「まあ、撮っておきさえすれば後で探せるからいいや」と、さらに写真フォルダは膨れ上がっていくばかりです。

旅行中、ふと思い立って、スマホに入っている10年前の写真を遡って眺めてみました。けれど、そこにあったのは、似たような写真がただ延々と並んでいるだけの光景でした。どれが特別な一枚なのか、自分でももう分かりません。

フィルム時代のアルバム

フィルム写真の時代を思い返してみます。あの頃、プリントした写真は、きれいにアルバムへ整理して、コメントを添えて収めていました。手元にあるアルバムはせいぜい数冊、写真の枚数もそれほど多くはありません。それでも、あるいは、だからこそ、家族でそのアルバムを開いて「これはあの時の……」と話に花を咲かせる団欒があり、時には一人で静かにページをめくることもありました。

思い出がぎゅっと詰まったアルバムが、数冊だけ。数が少ないからこそ大切にするし、だからこそ後々まできちんと残っていくのだと、あらためて気づかされました。

特に卒業アルバムなどはその最たるもので、何年かに一度、ふとそのページをめくっては、色褪せた思い出に想いを馳せる。年齢を重ねるごとに、こうしてアルバムを開く回数は増えていくようです。荒井由実の「卒業写真」ではありませんが、たった1枚の写真が、深く心に残るエピソードとともにいつまでも残っていてほしい。そして、そんな過去の写真を眺めている間くらいは、どうか時間がゆっくりと流れてほしい・・・そんなふうにも思うのです。

一枚に込めた緊張感

当時は、そこそこ高価なカメラを購入して、1本で12枚、24枚、36枚しか撮れないフィルムを入れて撮影していました。失敗しないように真剣にファインダーを覗き込み、貴重なフィルムを一枚一枚、大切に使う。露出はこれでいいか、構図はどうか、そんなことを考えながら、時間をかけて撮影していたものです。シャッターを切るという行為そのものに、ある種の緊張感がありました。

現像を待つという時間

そして、フィルムの現像やプリントには、数日から2週間ほどかかることもありました。まず写真屋さんへフィルムを持っていく手間があり、数日後にそれを受け取りにいく手間があり、さらに1枚いくらの料金もかかります。今から思えば、ずいぶん面倒で、お金もかかる仕組みでした。

けれど、その手間こそが良かったのだと思います。フィルム1本に写っている12枚を、何日も待つ。フィルムを出して1週間後に、必ずプリントされた写真と対面する。あの、封筒を開ける瞬間のわくわくした感覚。今、スマホの中に埋もれている写真を、1週間後にまた見ることなど、よほど特別な理由でもない限りありません。

いずれ失われていく写真たち

こうして誰とも共有しないまま溜まっていく写真の数々は、将来的には、私のアカウントとともに、ひっそりと失われてしまうのでしょう。膨大なデータとして残っているようでいて、悲しいかな、実のところ、誰の心にも残らないのかもしれません。

この旅で強く感じたこと

このブログに載せるために撮影する写真は、掲載を前提にしているので、自然と一枚一枚を選び、意味を持たせて撮っています。旅の写真も、本来はそうあるべきなのだと思います。どこかへ出かけた時に撮った、将来まで残しておきたい写真・・・1つの観光地につき10枚程度でいい、それを真剣に選び、注釈を添えて、自分の生きた軌跡として家族に共有できるようにしておく。そういう手間を惜しんではいけないのだと、この旅を通して強く感じました。

そしてもう一つ、今回の旅では、写真の話とは別に深く考えさせられたことがありました。広島県は、明治以降、広島市や呉市を中心に軍都・軍港として発展してきた街です。それゆえに戦争末期には激しい空襲の対象となり、そして1945年8月6日、広島市に原子爆弾が投下され、実に多くの市民が犠牲となりました。軍事拠点として栄えた歴史が、街そのものに計り知れない悲劇を背負わせることにもつながった・・・このことは、決して忘れてはならないと思います。

広島平和記念公園や平和記念資料館では、あえて写真を撮ることはしませんでした。けれど、そこで見聞きしたことは、一枚の写真よりもずっと深く心に刻み込まれることばかりで、これから先も決して忘れることはないでしょう。写真に残さなくても・・・いや、むしろ写真に残さなかったからこそ、心にしっかりと焼きついた。そういう記憶もあるのだと、この旅であらためて教えられた気がします。

数万枚のうちに埋もれた思い出ではなく、選び抜かれた数十枚の記録として。そして、あえてレンズを向けず、心に刻むべき光景として。次の旅からは、少しだけシャッターを切る回数を減らして、その一枚に、あるいはその一瞬に、じっくりと向き合ってみようと思います。