JH1LHVの雑記帳

和文電信好きなアマチュア無線家の雑記帳

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【観覧記】東京国立博物館 特別展「空海と真言の名宝」に行ってきました

今日は夜に知人との飲み会があり、久しぶりに上野まで出かけました。

せっかく上野まで行くのなら、飲み会だけで帰ってくるのも少々もったいない。待ち合わせまでにはまだ時間もあったので、以前から気になっていた東京国立博物館へ足を運ぶことにしました。

ちょうど9月6日まで、弘法大師生誕1250年を記念した特別展「空海と真言の名宝」が開催されています。以前から一度見てみたいと思っていた特別展だったので、これはちょうどいい機会です。

ところが、博物館に着いてみると想像以上の人、人、人・・・。

前日には天皇陛下もご観覧になったとのことで、その影響もあったのでしょうか。平日にもかかわらずチケット売り場には長い列ができており、さらに特別展の会場も入場制限が行われていました。

しかも、この日はかなりの暑さです。

炎天下の中、タオルで汗を拭きながら入場を待つことになり、展示を見る前からすでに少々疲れ気味。博物館は涼しい館内で静かに鑑賞するもの・・・と思っていましたが、そこへたどり着くまでがなかなか大変でした。

それでも、ようやく館内へ入り展示を見始めると、そんな疲れも忘れてしまいます。


レジが長蛇の列になっていたので、まったく込んでいない、アクリルキーホルダーのガチャを記念に1回だけやりました。そして、阿弥陀如来をゲットしました。

今回の特別展は空海の生誕1250年を記念したもので、空海ゆかりの名宝をはじめ、密教美術の精華、密教図像の世界、後七日御修法に関する品々、さらに真言宗各派に伝わる名宝や彫刻、秘仏など、実に見応えのある内容でした。

「空海」という名前は、日本人なら誰もが一度は耳にしたことがあると思います。弘法大師として広く知られ、真言密教を日本に伝えた人物として歴史の教科書にも登場します。しかし、こうして実際に長い年月を経て残されてきた品々を目の前にすると、教科書の中の人物だった空海が、急に現実の歴史の中に存在した人物として感じられてきます。

また、単に空海個人の足跡をたどるだけではなく、その後、真言密教がどのように受け継がれ、日本各地へ広がっていったのか。そして弘法大師への信仰が長い年月の中でどのように形作られてきたのか。展示を順番に見ていくことで、その大きな流れを感じることができました。

それにしても、千年以上もの時を経て、現在の私たちが当時の仏像や仏画、仏具などを間近で見ることができるというのは、考えてみればすごいことです。

私が日頃扱っている電子部品などは、数十年も経てば劣化してしまいます。無線機でさえ50年、60年前となれば「よく残っているな」と感心するほどです。それが100年どころか何百年、あるいは千年という時間を超えて目の前に存在しているのですから、歴史的な文化財が持つ時間のスケールには圧倒されます。

残念だったのは、特別展では出口付近の一部の展示を除き、基本的に写真撮影ができなかったことです。

これだけ素晴らしいものを目にすると、つい写真に残しておきたくなります。しかし撮影禁止となれば、あとは自分の目でしっかり見て、記憶に焼き付けるしかありません。

もっとも、スマートフォンの画面越しではなく、純粋に展示物だけを見つめる時間というのも、今の時代にはかえって貴重なのかもしれません。写真が撮れると、どうしても「見る」より「撮る」ことに意識が向いてしまいますからね。


出口付近の撮影 OK で、1枚パチリ

さて、この特別展のチケットでは常設の一般展示も見ることができます。

せっかく東京国立博物館まで来たのですから、「ここまで来たら全部見てやろう」と欲が出てしまい、特別展を見終えたあとも、そのまま各館を回ることにしました。

これがなかなか大変です。

東京国立博物館は、とにかく広い。そして展示されているものも膨大です。一つひとつ真面目に見始めると、いくら時間があっても足りません。

来館者を見渡すと、今回の特別展の内容もあってか年配の方が多く、海外からの観光客の姿もかなり目立ちました。日本の仏教美術や刀剣、陶磁器などを熱心に見つめている海外の方を見ると、日本人の私よりずっと詳しいのではないかと思ってしまうこともあります。

そして私自身はというと、飲み会の待ち合わせ時間まで館内を歩き回った結果、次第に足と腰が・・・。

「博物館を見る」というと、あまり体力を使わない静かな趣味のように思えますが、実際にはかなり歩きます。しかも展示物を見るために立ち止まり、少しかがんだり、また歩いたりを延々と繰り返します。

博物館巡りは、意外に体力勝負です。

そんな一般展示の中で、特に足が止まってしまったのが日本刀の展示でした。

名刀というものは不思議です。

もちろん武器として作られたものですが、それだけでは説明できない美しさがあります。刀身の姿、反り、地鉄、そして刃文。照明の角度によって表情が微妙に変化し、見ていると時間を忘れてしまいます。

なかでも印象に残ったのが、南紀重国の刀でした。



ガラス越しとはいえ、わずか数十センチ先に本物の名刀があります。刀身に浮かぶ刃文の美しさを眺めていると、当時の刀工が鉄を鍛え、焼きを入れ、この一本を作り上げた光景まで想像してしまいます。

写真や図鑑でも刀を見ることはできますが、本物を間近で見るのはまったく違います。

これは無線機でも同じかもしれません。写真で何度も見た昔の名機でも、実物を目の前にすると、パネルの質感やダイヤルの大きさ、メーターの存在感など、写真では伝わらないものがあります。

美術品や文化財も、やはり本物を自分の目で見ることに大きな意味があるのでしょう。

今回は空海と真言密教の世界から始まり、仏像、絵画、工芸品、そして名刀まで、国宝をはじめとする数多くの貴重な文化財を間近に見ることができました。

アマチュア無線とはまったく関係のない一日でしたが、たまにはこうして普段とは違う世界に触れてみるのもいいものです。

電子工作をしていると、つい部品の精度や加工方法、道具の使い方などに目が向きますが、博物館にある昔の工芸品を見ていると、機械も電動工具もなかった時代に、これほど精緻なものを人の手だけで作り上げていたことに驚かされます。分野はまったく違っても、「人が手を使って何かを作る」というところでは、どこか電子工作にも通じるものがあるように思います。

というわけで、飲み会までの時間つぶしのつもりで立ち寄った東京国立博物館でしたが、結果的にはかなり濃密な時間となりました。

もっとも、すべての館を欲張って回ったおかげで、待ち合わせ場所へ向かう頃には足も腰もかなりお疲れモード。

それでも、素晴らしいものをたくさん見たあとの心地よい高揚感は残ったままでした。

そして、その高揚した気分のまま知人との飲み会へ。

博物館で歩き回って汗もかき、少々疲れていたこともあって、最初の一杯がいつも以上に美味しく感じられました。

空海や国宝、名刀の余韻を残したまま杯を重ねていたら、どうやらいつもより少々飲み過ぎてしまったようです。

博物館も飲み会も、ほどほどが一番ですね。

とはいえ、本日は本当に有意義で楽しい一日になりました。