ちょうど1年前、「599BK は数年で飽きる?」という記事を書きました。あのときは CW についての話でしたが、今回は巷で人気の(本当に人気なのかはさておき)FT8 について書いてみたいと思います。
ネットを検索すると、FT8 についてはさまざまな意見や議論が見つかります。ただ、ここで書くのは FT8 の良し悪しを論じるものではなく、あくまで私個人が実際に運用して感じたことです。
はじめにお断りしておくと、これは「FT8 なんてダメだ」という批判記事ではありません。
FT8 という通信モードは、微弱な信号をノイズの中から拾い上げる技術として非常によくできており、アマチュア無線の世界に大きな変化をもたらした、革新的なモードだと思っています。
ただ、一人のアマチュア無線家として2年ほど付き合ってみた結果、正直なところ、
「もしかすると、思っていたより早くモチベーションが下がってしまうかもしれない」
と感じるようになりました。
今回は、そんな私自身の率直な気持ちを書き残しておきたいと思います。
2年近く運用してみて、正直に感じたこと
私は HF を中心に、FT8 でおよそ2年間運用(実質1年)し、約3,000局と交信しました。
その結果、DXCC 100 は数か月ほどで、意外なほどあっさりと完成してしまいました。
激しいパイルアップを自分の耳で聞き分け、送信のタイミングを考えながら何度も呼び続け、ようやく応答が返ってくる・・・そうした緊張感を強く感じることもなく、画面に現れた未交信のエンティティを一つずつ拾っていくうちに、気がつけば必要な交信証明が揃っていた、という感覚です。
もちろん、これは FT8 の性能が優れているからこそ可能になったことです。弱い信号でも交信でき、コンディションが厳しい状況でも遠方の局とつながる可能性があります。その恩恵は、実際に運用して十分に感じました。
その一方で、国内・海外を問わず、一度交信した局と2度目の交信をすることは、ほとんどありませんでした。
FT8 の交信は、通常、信号レポートを交換し、最後に「73」を送って終了します。そこには会話がなく、相手の声を聞くこともありません。どんな人が、どのような設備で、どんな思いで電波を出しているのかも、交信だけではほとんど見えてきません。
そのため、後日、画面上で同じコールサインを見かけても、
「ああ、あのとき交信した人だ」
という懐かしさや親しみが、なかなか湧いてこないのです。
ログ上では確かに交信済みですが、自分の記憶の中に相手の印象が残っていない。交信済みの局は、次からは画面上で「交信済み」と表示され、私の中では自然と「もう呼ばない相手」になっていきました。
そうして月日が経つにつれ、私にとっての「新しい交信相手」は、少しずつ減っていきました。
新しいエンティティや珍しい局が画面に現れれば、今でも多少は心が動きます。しかし、それ以外の時間は、画面を眺めながら未交信局を探し、見つけたらダブルクリックして交信する。その繰り返しになってしまいました。
そして気がつけば、パソコンで FT8 を起動する機会は、ほとんどなくなっていました。
FT8 を長く楽しむための「次の目標」
何年にもわたって FT8 でアクティブに運用を続けている方は、どのようにモチベーションを維持しているのでしょうか。
DXCC を一つでも増やすことを目指すのか、バンド別やモード別にエンティティを集めるのか、WAS や JCC、JCG などのアワードに挑戦するのか。それとも、移動運用や低出力運用、アンテナの比較、伝搬状況の観察など、交信数とは別のところに楽しみを見つけているのでしょうか。
おそらく、私にはまだ見えていない FT8 の楽しみ方が、たくさんあるのでしょう。
FT8 は、短期間で成果が見えやすいモードです。だからこそ、最初に設定した目標を達成したあと、次に何を目指すのかが大切なのかもしれません。
私自身、FT8 をやめようと思っているわけではありません。ただ、これまでと同じように未交信局を探して交信数を増やすだけでは、以前ほど気持ちが動かなくなっているのも事実です。
さて、ここから先、どのような楽しみ方を見つけるのか。
FT8 の「次のステップ」へ、どう進めばよいのか・・・現在、思案中です。
「ダブルクリックするだけ」の作業は、自動化の対象でしかない
FT8 で人間が行っていることを、あらためて冷静に考えてみました。
現在、私たちはパソコンの前に座り、画面に次々と表示されるデコード結果の中から交信相手を選び、その行をダブルクリックしています。LoTW や eQSL への交信記録の送信まで自動化しているなら、人間が実際に行っている操作は、さらに限られます。
周波数を合わせることも、決められた形式に沿って電文を組み立てることも、送信のタイミングを計ることも、基本的にはソフトウェアが処理してくれます。
突き詰めてしまえば、人間に残されている仕事は、
「誰を呼ぶかを選び、ダブルクリックする」
ほとんど、この一点だけです。
操作はパソコン上でダブルクリックするだけなので、外出先のカフェなどから Wi-Fi 経由で自宅のパソコンをリモート操作すれば、スマートフォンでも FT8 が運用できてしまいます。つまり、運用者が実際に無線機やパソコンの前に座っている必要さえなく、画面を確認してダブルクリックできる環境さえあれば、場所を選ばず交信を進められるということです。
そして、この一連の操作は、技術的に見れば自動化の対象になり得ます。
ログを参照し、これまで一度も交信したことのない局が画面に表示されたら、その局を選択する。考え方としては、ただそれだけです。画面認識やログ解析、自動操作を組み合わせれば、仕組みそのものはそれほど複雑ではありません。
こうしたツールが今後登場しても、不思議ではないでしょう。あるいは、すでに自分で仕組みを組み、表立って公表することなく動かしている人がいたとしても、私は驚きません。
仮にこの先、私が FT8 で DXCC を追いかけることに再び夢中になったとしたら、操作を自動化したいという誘惑に駆られると思います。それほどまでに、FT8 で人間が担当している部分は、定型的で単純な操作に見えてしまうのです。
想像してみてください。
パソコンが24時間365日稼働し、HF の各バンドを自動的に切り替えながら、未交信の局を見つけては交信し、淡々とログを積み上げていく。運用者が眠っていても、外出していても、旅行に出かけていても、交信数だけは着実に増えていく。
人間が関与する部分が、ほぼ「画面を見て、相手を選んでダブルクリックする」ことだけであるなら、その処理をコンピューターに任せること自体は、技術的には決して難しい話ではありません。
もちろん、実際の運用においては、無線局は免許人の管理の下で運用されるべきであり、どこまでを自動化してよいのかという問題は別に考える必要があります。
ただ、ここで私が言いたいのは、運用上許されるかどうかではなく、FT8 という仕組みが、非常に自動化しやすい構造になっているということです。
AI が仕事を自動化する時代に
昨今、AI の進化によって、人間の仕事が今後どのように変わっていくのかという話題を、頻繁に耳にするようになりました。
これまで人間が行ってきた調査、判断、文書作成、データ整理などの知的作業を、AI エージェントが次々と肩代わりし始めています。
その大きな流れの中で、FT8 だけが自動化とは無縁でいられる理由は、残念ながら見当たりません。
むしろ FT8 は、送受信する電文も、交信の手順も、タイミングも、ほぼ完全に定型化されています。人間に残されている判断も、「どの局を呼ぶか」「その局と交信済みか」といった、比較的単純なものです。
自動化する側から見れば、これほど扱いやすい題材はありません。
複雑な事務作業や専門的な判断まで AI に任せられるようになりつつある時代に、画面に表示された局を選んでダブルクリックするだけの操作が、自動化できないはずはないでしょう。
交信相手を選び、人間が自分の手でダブルクリックする。
この「人間がダブルクリックする」という行為だけが、かろうじて残されている最後の一線なのかもしれません。
しかし、その一線も、画面認識や自動操作の技術の前では、あまりにも頼りなく見えます。
パソコンの中だけですべての処理が完結し、人間がその場にいてもいなくても、最終的な結果がほとんど変わらない。そうしたものに対して、人が長期間にわたり情熱を持ち続けるのは、なかなか難しいのではないでしょうか。
私は、そこに FT8 へ飽きを感じ始めた理由の一つがあるように思います。
以前の記事で触れた、心理学の「フロー理論」に当てはめて考えても、自分の技量がほとんど問われず、課題の難易度も極端に低い作業に、人がいつまでも没頭し続けるのは難しいはずです。
もちろん、FT8 にも伝搬の予測やアンテナの工夫、弱い信号を拾うための設備改善など、技術的に楽しめる部分はあります。
しかし、交信操作そのものだけに注目すれば、人間の技能が入り込む余地は、かなり少ないように感じます。
新しく免許を取った人に、お勧めできるだろうか
ここで、一つ自分自身に問いかけてみました。
これから新しく免許を取得し、初めて電波を出そうとしている人に、
「FT8 なら、パソコンの画面をダブルクリックするだけで簡単に交信できますよ」
と、私は積極的に勧められるだろうか、と。
もちろん、「まずは1局と交信してみる」という入り口として考えれば、FT8 は非常に敷居の低いモードだと思います。マイクに向かって声を出す勇気はいりません。CW の符号を覚える必要もありません。英語に自信がなくても、海外の局と交信できます。
開局したばかりの人が、実際に自分の電波が遠くまで届き、交信が成立する喜びを味わう。その最初の成功体験を得る手段としては、FT8 はとても優れていると思います。
ただし、その先に何が待っているのかを自分なりに経験してしまうと、私はやはり、最初の運用モードとして積極的に勧めることにはためらいを感じます。
「ダブルクリックするだけで交信できる」
という言葉は、裏を返せば、
「ダブルクリックすること以外に、ほとんどすることがない」
ということでもあるからです。
アマチュア無線への入り口として、それだけを手渡してしまえば、この趣味が本来持っている奥深い面白さにたどり着く前に、飽きてしまう人を増やすことにもなりかねません。
無線機を操作すること、相手の信号を聞き分けること、自分の言葉で話すこと、モールス符号を聞き取ること、アンテナや伝搬を工夫すること。アマチュア無線には、本来、時間をかけて身につけるからこそ面白くなる要素がたくさんあります。
少なくとも私は、新しく無線を始める人へ最初に渡す一枚のカードとして、FT8 だけを選ぶことはできません。入り口の一つとして紹介することはあっても、「これがアマチュア無線です」とは言いたくないのです。
それでも最後に残るのは、やはり「会話」
では、FT8 の運用頻度が下がったことで、私にとってアマチュア無線そのものがつまらなくなったのかというと、決してそうではありません。
むしろ逆でした。
「ああ、無線の本当の面白さは、やはりこちら側にあったのだな」
と、あらためて気づかされたように思います。
アマチュア無線の楽しさは、昔も、そしてこれからも、突き詰めれば人と人との「会話」にあるのかもしれません。
相手の声色から、その日の機嫌や人柄を感じ取る。CW であれば、キーイングのわずかな癖や間の取り方から、その人らしさを感じる。天気の話、無線機の話、アンテナの話、最近あった出来事などを、目的もなくとりとめのないまま話し続ける。
そこには、定型文の中には収まりきらない「余白」があります。その余白があるからこそ、交信は単なるデータの交換ではなく、人と人とのコミュニケーションになるのでしょう。
同じ相手と再び交信したときに、
「お久しぶりです」
と言える。
以前に話した内容を覚えていて、その続きを話せる。
そうした積み重ねによって、コールサインの向こう側に、少しずつ一人の人間が見えてきます。これは、レポートとグリッドロケーターを交換するだけでは、なかなか得られない感覚です。
自動化できるものは、いずれ自動化されていきます。そして、完全に自動化され、人間が関与する必要がなくなった瞬間、それを人間自身が行う意味は、少しずつ薄れていくのかもしれません。
逆に考えれば、最後まで自動化できずに残るものこそが、この趣味の本当の芯なのではないでしょうか。
それは、必ずしも高度な技術や難しい操作ではありません。相手の言葉を聞き、その意味を受け取り、自分の言葉で返すこと。相手の反応に応じて話題を変え、ときには笑い、ときには共感しながら時間を過ごすこと。
HF の交信もそうですが、とりわけ V/UHF でのラグチューのように、人間同士が生身の言葉を交わす時間は、AI エージェントには簡単に置き換えられません。
仮に AI が人間らしい受け答えをするようになったとしても、無線機の向こう側に実在する誰かがいて、同じ時間を共有しているという感覚までは、同じものにはならないはずです。
前回の記事では、「その先には和文 CW の世界がある」と書きました。SSB のラグチューであっても、和文 CW であっても、行き着く先は同じなのだと思います。
結局、最後に残るのは、人と人とのつながりです。
少なくとも私は、そう思っています。