JH1LHVの雑記帳

和文電信好きなアマチュア無線家の雑記帳

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書籍紹介『特攻基地の少年兵 ― 海軍通信兵15歳の戦争』

昨日ご紹介した JH7VHA 柴田さんの寄稿文 に続き、今回は私から、戦時下における電信についてお話ししたいと思います。

私は、電信に関する書籍を見つけると、新刊・古書を問わず、つい収集してしまう癖があります。以前は、神田の古書店をよく巡っていましたが、最近では Amazon やヤフオクなど、インターネットを利用して購入することが多くなりました。

今回紹介する書籍は、ちょうど1年前の8月に購入したものです。当時、この本を題材に記事を書いていたのですが、公開するタイミングを逃してしまい、そのまま下書きとして眠っていました。

そして今年も8月を迎えました。この時期だからこそ改めてご紹介したいと思い、1年越しではありますが公開することにしました。

以下は、昨年書き留めていた文章に、加筆・修正を加えたものです。

戦時下のモールス通信と、ある少年の生と死の記録

特攻基地の少年兵 ― 海軍通信兵15歳の戦争』

先日、国立国会図書館のデジタルアーカイブで「通信兵」というキーワードで検索していたところ、目に留まった一冊がありました。それが、今回ご紹介する『特攻基地の少年兵 ― 海軍通信兵15歳の戦争』(千坂精一 著/潮書房光人新社・光人社NF文庫)です。文庫版は2017年の刊行ですが、その原本は2006年に光人社から単行本として世に出たもので、今回入手したのはその文庫版になります。

タイトルに「通信兵」とあるのを見て、戦時中の無線技術や電信の訓練などが多く描かれているのではと期待し、Amazon で中古本を購入。到着後、すぐに目次を確認し、読み進めました。

正直に言うと、電信や無線通信に関する具体的な記述は、それほど多くはありませんでした。数ページほどしか触れられていないのが少々残念ではありましたが、それでも、この本が手元に来てよかったと思える深い内容がありました。とりわけ、通信学校での実技訓練を描いた場面は、電鍵を握ったことのある者なら誰しも思い当たるところがあり、時代を越えて胸に迫ってくるものがあります。

実技訓練(P160から一部抜粋)

送受信と艦船識別訓練
一ヵ月の新兵教育が終わったところで、各班とも班長が一人制になり、代わりに助手がついた。
一班は村上班長が実施部隊へ転属になったので、田川副班長がそのまま班長になり、梅村上水という小柄な人が助手についた。
七月から電信術練習生としての実技訓練に入ると、一変して体操、軍歌演習、手旗信号のほかは座学が多くなり、それも密度の濃い学習がつづいた。


専攻教科の電信術は、毎日午前と午後に分けて送信と受信の実技演習が行なわれた。
モールス符号のイロハニホヘトは、
「伊東(・-)、路上歩行(・-・-)、ハーモニカ(-・・・)、入費増加(-・-・)、報告(-・・)、屁(・)、特等席(・・-・・)」と教えられた。
海軍以外では、これを、
「トン・ツー伊、トン・ツー・トン・ツー呂、ツー・トン・トン・トン波」と教えられたところもあるようだが、比較すると海軍式のほうがずっと覚え易い。
私たちは、田川新班長に、
「送受信とも、一分間百字を目標にして、習熟するように」命じられて、実技訓練に入った。
一分間百字ということは、一秒間に二字足らずだから簡単なようだが、実はこれが至難の業なのである。
はじめのうちは、電鍵をゆっくり叩いてトン、トン、トンを何回も繰り返し、つぎにツー、ツー、ツーをこれまた何回もつづける基本を真面目にやっているのだが、そのうちにトンとツーだけでは
面白くなくなってイロハの文字を打ちはじめる。
だが、毎日毎日ただ一字一字をゆっくり打つだけの単調な繰り返しにも飽きて、そっと自分で電文をつくり、試しに早打ちする者が出はじめた。
私は、実技をはじめるにあたって田川班長から、
「銃操作のときにも言ったことだが、実技はなにごとも基本が大事だということを忘れるな」そう注意されたことを忠実に守って、焦らなかったからよかったが、早打ちをはじめた者のなかから、恐れられていた<手を毀す>旋状が出はじめた。
<手を毀す>というのは、ある符号がどうしても打てなくなってしまうことをいう。
自分では原稿とおり打っている心算(つもり)なのだが、その字のところへくると意識してしまって、どうしてもその符号が打てなくなるのだ。
たとえば、トの場合、
・・-・・
と打つべきところを、なんど打っても、
・・-・・・
と短符がひとつ多くなってしまうのだ。
つまり、手首が脳の指示どおり反応しないのである。
いちど手を毀してしまうと、特効薬などないから容易に治らない。
焦らず、のんびり構えて、常時手首を振る訓練を根気よくつづけながら、基本にかえって1字1字ゆっくり電鍵を叩くことを繰り返し、自然快復を待つよりほかに方法はない。
そうなると、送信技術の練習が著しく遅れてしまう。
座学は、電信術のほかに、敵味方の艦船を識別する訓練が行われた。

田川班長が、艦影を黒く塗り潰した平面と側面の絵を紙芝居のようにしてみせて、艦名を答案用紙に書かせるのである。
はじめのうちは、このところ送受信実技演習がハードスケジュールになっていたため、息抜きか頭脳休めぐらいに思って遊戯(ゲーム)感覚で面白半分にやっていたのだが、それが正規訓練同様に正解点数を競わせるようになると、みな真剣な態度になっていった。
私は、敵艦どころか、これまで味方の艦船さえ見たことがなかったので、呆気にとられて為す術を知らず途惑っていたが、そのうちに要領を覚え、それぞれの特徴を逸早く把握することによって的中率を上げていった。

アマチュア無線家の視点から、少しだけ技術的な補足を

引用文に出てくる「伊東(・-)、路上歩行(・-・-)、ハーモニカ(-・・・)……」といった語呂合わせは、「合調法」と呼ばれる、いずれも和文電信を覚えるためのものです。海軍では、こうした語呂合わせで符号を身体に叩き込んでいたわけですね。

そして目を引くのが、「送受信とも1分間百字を目標に」という一節です。和文で毎分100字という速度は、決して生やさしいものではありません。現在、プロの最上位資格である第一級総合無線通信士の電気通信術(実技)でも、和文の受信速度は毎分75字です。つまり、当時の海軍が新兵に課した「目標」は、今日の一総通の和文をさらに上回る水準だったことになります。もちろん全員がそこへ到達できたわけではないでしょうが、それでも訓練の苛烈さがうかがえます。

もう一つ、引用中の「手を毀(こわ)す」・・・これは、ある符号だけがどうしても打てなくなってしまう現象・・・これも印象的です。これは現代の CW 愛好家の間でも「手崩れ」などと呼ばれ、決して昔話ではありません。焦って早打ちに走ると陥りやすいということは、今に通じる教訓と言えます。

本書について

本書は、昭和5年(1930年)1月生まれの著者・千坂精一氏が、自らの少年期に体験した「戦争」の記憶を綴った回想録です。「親孝行がしたい」という一心で海軍に志願した著者は、昭和19年(1944年)に防府海軍通信学校へ入校し、第72期普通科電信術練習生として電信術を学びます。そして昭和20年(1945年)1月、わずか15歳で南九州の特攻基地、鹿児島県の国分基地(第701海軍航空隊)に配属され、のちに山上の第二国分基地で終戦を迎えました。

そこでは、毎日のように若い特攻隊員たちが出撃していきます。その前夜に交わされた言葉、託されたノート、そして別れの瞬間を、著者は通信兵として、またひとりの少年として、目に焼きつけていきました。

当時の少年がどのように軍国少年として育てられたのか、どんな訓練を受け、どんな環境で特攻隊員たちと過ごしていたのか。それが「軍国少年」「海軍練習生」「南九州特攻基地」という三部構成で丁寧に描かれており、「戦争を生きた15歳」の視点から見ることで、私たちは教科書では得られない “実感” に触れることができます。

アマチュア無線を趣味とする私たちにとっても、「通信兵」とは、ただの歴史上の肩書きではなく、自分たちのルーツのひとつとも言える存在です。戦場で無線がどのように使われていたのか、命をつなぐ通信の現場がどれほど重かったのか。この本は、その一端を静かに、しかし確かな力で教えてくれます。

 

■ ■ ■

 

過去に読んだ通信兵養成所に関する資料では、「モールスの受信で一文字でも間違えればケツバット」といった、今では考えられないほど厳しい指導が記されていました。

もっとも、現在のアマチュア無線では、モールスの実技試験そのものが姿を消しています。第三級は2005年、第一級・第二級も2011年にモールス電信の実技試験が廃止され、いまは「法規」の筆記でモールス符号の知識を確認する形に改められました。一方で、第一級・第二級総合無線通信士といったプロの資格には、今も電気通信術の実技が残っており、そこでは一字の誤字・脱字も大きな減点対象になります。1文字のミスが命取りになる・・・そんな緊張感の中で、当時の通信兵たちは技術を磨き、任務を果たしていたのだと思います。

この本の中に描かれているのは、そうした訓練の詳細というよりも、「生身の人間としての通信兵」の姿です。特攻という現実を前に、少年でありながら軍人であることを求められた著者の心の揺れや、若き英霊たちとの交流が、淡々と、しかし重く語られます。読み進めるうちに、やがて胸にじんわりと染み入る悲しさと、いま私たちがこうして平和な日常を生きていられることの有り難さが、静かにこみ上げてきました。

最後に

著者は、実際にモールス信号で航空機との通信に携わった元通信兵です。その視点から記された記録は、日付や出来事が驚くほど克明に描かれており、まるで自分がその場にいるかのような臨場感に包まれます。原本が刊行されたのは2006年、著者が76歳を迎えた頃のことでした。伝え残したいという強い思いが詰まったこの回想録は、今を生きる私たちに「戦争とは何か」を静かに問いかけてきます。

若い世代の方々にこそ、ぜひ手に取ってもらいたい一冊です。

広島への原爆投下から、今日で81年を迎えました。

今の私にできることは多くありません。しかし、映画『はだしのゲン』や『この世界の片隅に』に登場するゲンやすずの姿を思い浮かべながら、日々の食べ物に感謝し、一口一口を真剣に食べようと、あらためて心に誓いました。