はじめに
私がアマチュア無線局を開局した少年の頃、休日になると、毎週のように 14MHz 帯の SSB を受信していました。
当時の14MHz 帯から聞こえてくるのは、技術に卓越した OM たちの声でした。落ち着いた口調で無線技術やアンテナ、DXCC の話をするその声に耳を傾けながら、少年だった私は、まだ見たことのない遠い世界へ思いを巡らせていたものです。
今回入手した CQ 出版の『SSB・ハンドブック』の目次には、JA1ACB の難波田氏や JA1AEA の鈴木氏をはじめ、当時の 14MHz 帯でもよく耳にしていた、アマチュア無線界を代表する OM たちのコールサインが並んでいます。
少年時代に受信機から聞こえてきた、憧れの OM たちが執筆した本です。いつか手に入れて、じっくり読んでみたいと思っていましたが、発行から長い年月が経過した古書ということもあり、これまで実物を手にする機会はありませんでした。
それが今回、メルカリで偶然見つけ、ようやく入手することができました。
昭和37年(1962年)初版。私がアマチュア無線を始めた頃よりもずっと前、日本における SSB がまだ黎明期にあった時代に刊行された一冊です。ページを開くと、少年時代に 14MHz 帯で聞いていた OM たちの声と、当時抱いていた無線への憧れが、遠い記憶の中からよみがえってくるようです。
古い CQ 誌もそうですが、単に古い技術書を手に入れたというだけではありません。私にとってこの『SSB・ハンドブック』は、少年時代に電波を通して出会った先人たちと、長い年月を経て再びつながることができた、特別な一冊なのです。




以下、記事が少し長いので、こういう書籍に興味がある方に読んでいただければ幸いです。
戦後のアマチュア無線再開から、わずか10年後
本書が発行された昭和37年という年代にも、大きな意味があります。
日本のアマチュア無線は戦時中に禁止され、戦後の昭和27年(1952年)になってようやく再開されました(昭和27年7月29日に最初の予備免許が発給されたことを記念して、1973年(昭和48年)に7月29日が「アマチュア無線の日」として制定されています)。『SSB・ハンドブック』初版の刊行は、それからわずか10年後です。
戦後の混乱から復興し、日本が高度経済成長へ向かい始めた時代とはいえ、アマチュア無線家が自由に高性能な通信機や測定器を購入できる環境ではありませんでした。海外製の通信機は非常に高価で、輸入品の入手も容易ではありません。国内メーカーによる完成品の SSB トランシーバも、まだ広く普及する以前でした。
そのため、無線機は自作するのが当然でした。
シャーシへ真空管ソケットを取り付け、コイルを巻き、バリコンや水晶、抵抗、コンデンサを配線し、自分で電源を作り、発振器から高周波増幅段まで一つずつ組み上げていきます。完成した後も、回路図どおりに配線しただけで正常に動くとは限りません。発振しない、逆に不要発振する、周波数が動く、搬送波が漏れる、音声がひずむ、出力が出ないといった問題を、一つずつ解決しなければなりませんでした。
AM 送信機であれば、比較的単純な構成でも音声を電波に乗せることができます。しかし、SSB 送信機はそう簡単ではありません。
搬送波を十分に抑圧し、二つ発生する側波帯のうち不要な一方を取り除き、残った片側波帯だけを直線増幅して送信しなければなりません。各段の周波数安定度、平衡、利得、帯域特性が悪ければ、きれいな SSB 波にはなりません。
現在では一つの集積回路や DSP の内部で処理される機能を、当時は真空管、トランス、コイル、水晶、抵抗、コンデンサなどを組み合わせて実現していたのです。
第1章だけで、SSB 無線機を一式作れる内容
今回アップロードした目次を見ると、第1章は「SSB用リグの製作技術」と題され、送信機だけでなく、増幅器、測定器、付属回路、受信機まで広範囲に扱っています。
最初に掲載されているのは、フィルタ方式による SSB 送信機です。
「ハイフレ・クリスタルエキサイタ」「オールバンドSSB送信機」「メカフィルによるSSB送信機」「SSB送信機の一般的構成法」「メカニカル・フィルタの使用法」といった記事が並んでいます。
ここでいうエキサイタとは、SSB 信号を作り出す送信機の低電力部分です。まず低い周波数で SSB 信号を発生させ、その後、目的の運用周波数へ変換し、必要な出力まで増幅します。
フィルタ方式では、平衡変調器によって搬送波を抑圧した DSB、すなわち両側波帯信号を作り、その後に急峻な帯域特性を持つフィルタを通して、片方の側波帯だけを取り出します。
現在では、SSB 信号の生成は DSP によって比較的容易に行えます。しかし、当時はフィルタそのものが SSB 送信機の性能を左右する重要部品でした。必要な音声帯域は通しながら、すぐ隣にある不要側波帯を十分に減衰させなければなりません。
目次には「メカフィル」、すなわちメカニカルフィルタを使った送信機が掲載されています。
メカニカルフィルタは、電気信号を機械的な振動へ変換し、共振子の振動特性を利用して狭い帯域だけを通過させるフィルタです。SSB に必要な急峻な特性を得やすく、当時の高性能な通信機では非常に重要な部品でした。
しかし、使いこなすには適切なインピーダンス整合が必要であり、入出力回路や信号レベルが不適切なら、本来の特性を発揮できません。そのため、本書には送信機の製作例だけでなく、「メカニカル・フィルタの使用法」という独立した記事まで収められています。
単に回路図を掲載するだけではなく、その中核部品をどう扱うかまで説明しなければ、読者が実際に SSB 送信機を完成させられなかったのでしょう。
フィルタ方式だけでなく、位相方式まで扱う
続いて目次には、「フェージングタイプSSB」の項目があります。
ここには「PSNによるSSBエキサイタの製作」と「いろいろなBMとその使い方」が収められています。目次ではフェージングと表記されていますが、これは phasing method、すなわち位相方式のことです。
PSNは、Phase Shift Network、すなわち移相回路網を意味します。
位相方式では、音声信号と高周波信号をそれぞれ二系統に分け、互いに90度の位相差を与えたうえで二組の平衡変調器へ入力します。その二つの出力を加算または減算することによって、片側波帯を打ち消し、もう一方だけを残します。
原理としては巧妙ですが、広い音声帯域にわたって正確な90度の位相差を保つことは容易ではありません。抵抗やコンデンサの誤差、周波数特性、平衡変調器のばらつきなどによって、不要側波帯が残ってしまいます。
フィルタ方式なら、最終的な側波帯の選択性能は主としてフィルタの特性によって決まります。一方、位相方式では、回路全体の振幅平衡と位相精度が性能を大きく左右します。
当時の部品精度で、必要な帯域全体にわたり良好な側波帯抑圧を得ることは、相当に難しかったはずです。目次の「PSNによるSSBエキサイタの製作」という記事からも、こうした難しい方式へ実際に挑戦していた様子がうかがえます。
また、「いろいろなBMとその使い方」の BM は、Balanced Modulator、平衡変調器を指しています。
平衡変調器は、SSB 送信機の心臓部ともいえる回路です。搬送波を相殺しながら音声による側波帯だけを取り出します。回路のバランスが崩れると搬送波が漏れ、SSB 本来の電力効率や通信品質が損なわれます。
現在であれば、ダイオードリングミキサ(ダブルバランスドミキサ)、専用 IC、DSP などで実現できますが、当時は真空管やダイオード、トランスを組み合わせ、手作業で平衡を追い込んでいました。
搬送波抑圧調整一つを取っても、抵抗値や容量のわずかな違い、配線の浮遊容量、真空管の特性差が結果へ影響したことでしょう。
「第3の方法」と呼ばれた方式
目次には、さらに「第3の方法によるSSB」という項目があり、「第3の方法によるSSB送信機の試作」という記事が掲載されています。
一般に当時の SSB 生成法として広く知られていたのは、フィルタ方式と位相方式です。それに対し、「第3の方法」と呼ばれた方式は、両者とは異なる原理や周波数変換を組み合わせて側波帯を得る方法として紹介されていたものです。
このような記事が掲載されていること自体、昭和37年の時点では SSB の生成法が完全に一つへ収束しておらず、さまざまな方式が研究されていたことを示しています。
どの方法なら少ない部品で作れるのか。
どの方法なら高価なフィルタを使わずに済むのか。
どの方法なら良好な側波帯抑圧が得られるのか。
どの方法なら調整が容易なのか。
当時のアマチュアたちは、完成された正解を教科書から学んでいたのではありません。複数の方式を比較し、自分たちで試作しながら、実用になる方法を探していたのです。
この「第3の方法」という言葉からも、SSB 技術がまだ発展途上にあった時代の空気が伝わってきます。
QRO とリニアアンプ
SSB 信号を作ることができても、そのままでは大きな送信出力を得られません。
そこで本書には、QRO、すなわち送信出力を大きくするための項目として、「6146パラレルリニヤーアンプの製作」や「リニヤーアンプの問題点」が掲載されています。
6146 は、当時の送信機で広く用いられたビーム出力管です。目次の記事では、これを2本並列で使用するリニアアンプが扱われています。なお、私が開局した時に使っていた後年の名機 TS-520 でも、6146 の改良版である 6146B 相当管(S2001A)が終段に採用されており、この系列の球は、長きにわたってアマチュア無線の送信機を支え続けました。
SSB では、AM や CW 用の終段増幅器をそのまま使えばよいわけではありません。音声信号の包絡線を崩さず増幅するため、終段には高い直線性が求められます(このあたりの詳しい技術は、同 CQ 出版の『リニアアンプ・ハンドブック』に記述されています)。
増幅器を過大入力すると、出力波形のピークがつぶれ、音声がひずみます。それだけでなく、必要な帯域の外側へ不要な成分が広がり、いわゆるスプラッタを発生させます。
当時は現在のような高度な ALC や保護回路が十分に備わっていません。ドライブ量、バイアス、プレート電圧、負荷調整などを、運用者自身が適切に管理する必要がありました。
だからこそ、単なるリニアアンプの製作記事だけでなく、「リニヤーアンプの問題点」という記事が必要だったのでしょう。
出力を大きくするだけなら比較的簡単でも、きれいな SSB 波を保ったまま大出力を得ることは難しい。それが、この項目から読み取れる重要な点です。
昭和37年に、すでに VHF の SSB を扱っていた
特に興味深いのが、「VHFにおけるSSBの製作」という記事です。執筆者は JA1AEA 鈴木氏です。
現在では、50MHz、144MHz、430MHzなどで SSB 運用を行うことは珍しくありません。しかし、昭和37年当時の VHF 機器は、現在とは比較にならないほど製作が難しいものでした。
周波数が高くなるほど、配線の長さや部品の配置、浮遊容量、コイルの形状、シャーシ構造などが回路の動作へ大きく影響します。HF 帯で正常に動作する構成を、そのまま VHF へ持ち込めるとは限りません。
さらに、SSB では周波数安定度が重要です。
FM であれば多少の周波数変動があっても音声として受信できますが、SSB では送受信周波数がずれると、声の高さが変化し、了解度が低下します。VHF 帯で安定した局部発振器を作り、周波数変換し、不要な発振を防ぎながら増幅することは、当時としては先進的な試みだったはずです。
この時代にすでに VHF の SSB 製作が一つの章として取り上げられていることからも、執筆者たちが単に HF 帯で交信できるだけでは満足せず、より高い周波数へ技術を広げようとしていたことが分かります。
送信機の完成後に必要となる測定と調整
第1章の後半には、実際の SSB 波をどのように確認し、送信機を調整するかという記事が続きます。
「SSBの波の出し方」
「SSB送信機の調整の要領」
「SSB測定器のいろいろ」
「SSB用測定器の二・三」
これらの記事は、本書の性格をよく表しています。
SSB 送信機は、回路図どおりに作っただけでは完成ではありません。搬送波抑圧、不要側波帯抑圧、出力、直線性、周波数安定度などを確認し、適切に調整して初めて実用になります。
しかし、当時のアマチュアがスペクトラムアナライザを所有することは、ほとんど現実的ではなかったでしょう。高性能な業務用測定器は高価で、個人局が容易に導入できるものではありません。
そこで、自作可能な簡易測定器や、オシロスコープ、受信機、信号発生器などを組み合わせて性能を確認する必要がありました。
たとえば、SSB 送信機の直線性を調べるには、二つの可聴周波数を同時に入力するツートーン試験が用いられます。出力波形をオシロスコープで観察すれば、増幅器が飽和しているか、包絡線が正常かをある程度判断できます。
また、別の受信機で送信波を受信し、搬送波の漏れ、反対側波帯の残留、音質、周波数安定度などを耳で確認する方法もあります。
現在の測定環境から見れば簡素ですが、当時は限られた測定器を工夫して使い、目と耳と経験で送信機の状態を判断していました。
本書の「測定器」に関する記事の多さは、それだけ SSB の調整が難しく、また正しい電波を出すことが重視されていた証拠でもあります。
VOX や TR スイッチまで含む、実戦的な構成
「SSBの附属回路」の項目には、「簡単なVOXの作り方」と「TRスイッチの試作」が掲載されています。
VOX は、音声を検出して自動的に送信へ切り替える回路です。マイクへ向かって話し始めると送信状態になり、話し終えると受信へ戻ります。
現在のトランシーバでは一般的な機能ですが、当時はそれも自作しなければなりませんでした。
VOX には、音声を検出する回路だけでなく、短い音声の切れ目で送信が解除されないようにする遅延回路が必要です。また、受信機のスピーカー音をマイクが拾って誤動作することもあります。そのため、受信音を検出して VOX を抑制するアンチ VOX 回路も重要になります。
簡単そうに見える機能ですが、実用的に動かすには細かな調整が必要です。
TR スイッチは、送信機と受信機を切り替えるための回路です。
当時は送信機と受信機が別々の装置であることが多く、送信時には受信機を保護し、アンテナを送信機側へ切り替え、受信時には逆の動作をさせる必要がありました。
リレーで切り替える方法のほか、電子的に高速切替を行う方式も研究されていました。送受信の切替が遅ければ、相手の応答の最初を聞き逃します。切替回路のアイソレーションが不足すれば、送信電力が受信機へ回り込み、故障の原因になる可能性もあります。
本書にこれらの付属回路が含まれていることから、本書が単に机上で SSB 波を発生させるための本ではなく、実際の交信に使える局設備一式を作ることを目的としていたと分かります。
受信側にも大きな課題があった
本書は送信機だけで終わりません。
「SSB用の受信機」の項目には、「ダブルスーパーの試作」「SSBのための簡単な改造と受信の仕方」「SSB用受信機について」という記事が掲載されています。
SSB は搬送波を抑圧して送信するため、普通の AM 受信機でそのまま受信しても、正常な音声にはなりません。受信機側で BFO の信号を加え、抑圧された搬送波を擬似的に復元する必要があります。
また、受信周波数を正確に合わせなければ、声が高くなったり低くなったりします。選択度が悪ければ、反対側波帯や隣接局の信号が混入します。AGC の動作も、AM 受信とは異なる配慮が必要になります。
目次にある「簡単な改造と受信の仕方」は、既存の受信機へ BFO や検波回路などを追加し、SSB を受信可能にするための記事です。
当時、SSB 専用受信機を新たに用意できるアマチュアは限られていたはずです。まず手持ちの受信機を改造し、新しいモードを受信してみる。そのような導入の仕方が現実的だったのでしょう。
「ダブルスーパーの試作」は、2回の周波数変換を行うダブルスーパーヘテロダイン受信機の製作記事です。
複数の中間周波数を利用することで、イメージ周波数への対策と高い選択度の両立が可能になりますが、発振器やミキサーが増えるため回路は複雑になります。局部発振器の安定度や不要信号の回り込みにも注意が必要です。
こうした本格的な受信機の試作まで収められている点からも、本書の対象が初心者だけでなく、かなり高度な自作へ挑戦するアマチュアを含んでいたことが分かります。
第2章は製作記事を支える SSB 理論
第2章は「SSBの理論」です。
最初の記事は「やさしいSSBの基本」で、SSB の原理、発生、リニアアンプと附属回路、測定、受信までが体系的に説明されています。
第1章が具体的な製作と調整を扱っているのに対し、第2章では、その背後にある理論を整理しています。
SSB がなぜ発生するのか。
AM から搬送波と一方の側波帯を除くと、なぜ音声情報を失わずに伝送できるのか。
フィルタ方式や位相方式で、どのように片側波帯を選択するのか。
なぜ終段増幅器に直線性が必要なのか。
受信時に BFO を加えると、なぜ元の音声が復元されるのか。
こうした原理を理解していなければ、回路が動かなかったときに原因を追究することができません。
現在では、完成した無線機を使うだけなら、SSB の数学的な原理まで知らなくても交信できます。しかし、当時は自分で送受信機を作るため、理論と製作が切り離せませんでした。
さらに、第2章の最後には「水晶ろ波器について」という記事があります。
水晶フィルタは、現在に至るまで無線機の選択度を決める重要な技術です。水晶振動子の高い Q を利用することで、狭く急峻な帯域特性を得ることができます。
ただし、複数の水晶を組み合わせて所望の帯域幅と減衰特性を得るには、それぞれの水晶の周波数を揃え、結合容量や終端インピーダンスを適切に選ばなければなりません。
昭和37年の技術書に、独立した記事として水晶ろ波器が扱われていることからも、SSB の普及にとって狭帯域フィルタの技術がいかに重要だったかが分かります。
第3章には運用方法と、SSB をめぐる議論も収録
第3章は「SSBの運用」です。
掲載されている記事は、「How to QSO SSB版」と「SSB局申請の要点をさぐる」の2本です。
製作と理論を学んだ後に、実際にどのように交信し、どのように局の申請を行うかまで説明する構成になっています。
「How to QSO SSB版」は、各バンドでの SSB による心得や、海外局と SSB で QSO する場合のエチケット、交信上の慣習など扱った記事になります。
SSB がまだ一般的でなかった時代には、運用方法そのものも新しい知識でした。
AM のように搬送波がないため、相手局の正確な送信周波数を見つけるには、受信機を慎重に同調させる必要があります。また、SSB ではマイクへ大声を入れれば必ず強く届くわけではありません。過大入力は音質を悪化させ、帯域外へ不要な成分を広げます。
現在では常識とされている SSB の運用作法も、当時は新しい方式とともに学ばなければならない技術だったのです。
そして「SSB局申請の要点をさぐる」という記事があることも、時代を感じさせます。
自作送信機を使用するには、その送信機の構成、周波数、電波型式、終段管、入力電力などを示し、無線局の免許を受ける必要があります。新しい電波形式だった SSB について、どのように申請書へ記載し、どのような資料を準備するかは、多くのアマチュアにとって大きな関心事だったはずです。
技術的に電波を出せるだけでは運用できません。法令に従って設備を申請し、正式に免許を受けなければならないからです。
この申請記事まで含め、本書は SSB 局を構想し、製作し、測定し、免許を受け、実際に交信するまでを一冊で案内しようとしています。
「総合的実際」という記事名が象徴するもの
目次の中には、「SSBの総合的実際」という記事があります。
この表題は、本書全体の性格を象徴しているように思えます。
SSBは、一つの回路だけを完成させれば成立する技術ではありません。
音声増幅、平衡変調、フィルタ、発振、周波数変換、直線増幅、電源、送受信切替、受信、測定、アンテナ、運用、そして免許申請まで、すべてがつながって初めて一つの無線局になります。
どれか一つでも性能が不足すれば、きれいな SSB 波にはなりません。
発振器が不安定なら声が揺れます。
搬送波が残れば電力効率が落ちます。
不要側波帯が十分に抑えられなければ、占有帯域が広がります。
リニアアンプが飽和すれば、音声がひずみ、周囲へ妨害を与えます。
受信機の選択度が不足すれば、混信の中から目的局を聞き分けられません。
それらを総合的に理解しなければならないことが、本書から伝わってきます。
真空管の本だが、技術の本質は今も変わらない
もちろん、本書に掲載されている回路の中心は真空管です。
6146 などの送信管が使われ、電源には数百ボルトの高電圧が必要です。発振器、ミキサー、変調器、増幅器も、それぞれ個別の真空管で構成されています。
現代の無線機と比べれば、大きく、重く、消費電力も多く、発熱も大きい装置です。部品の入手性や安全性を考えれば、現在あえて同じ回路をそのまま製作する人はいないと思います。
しかし、真空管を半導体へ置き換えても、無線技術の基本は変わりません。
発振器で信号を作る。
変調器で音声情報を高周波へ乗せる。
フィルタで必要な成分を選ぶ。
ミキサーで周波数を変換する。
増幅器で必要な出力まで大きくする。
不要な信号や高調波を取り除く。
インピーダンスを整合させ、アンテナへ電力を送り込む。
受信側では目的の信号を選択し、周波数を変換し、復調して音声を取り出す。
この一連の流れは、現在の SDR や DSP を使った無線機にもそのまま存在します。違うのは、その処理が目に見える個別回路から、IC やソフトウェアの内部へ移ったことです。
古い回路図では、信号がどこで発生し、どこで変調され、どこで選択され、どこで増幅されるかが、配線を追うことで理解できます。
現代の高性能な無線機では、多くの機能がブラックボックス化しています。その意味では、このような真空管時代の回路図の方が、SSB の仕組みを学ぶ教材として分かりやすい面があります。
本書から伝わってくる技術的な苦悩
目次を眺めていると、当時の技術者たちが何に苦労していたのかが見えてきます。
フィルタ方式だけでなく位相方式や第3の方法まで掲載されているのは、安価で作りやすく、性能のよい SSB 発生方式を模索していたからでしょう。
メカニカルフィルタと水晶フィルタの記事があるのは、不要側波帯を十分に抑圧するフィルタが、SSB 性能を決める重要な要素だったからです。
リニアアンプの製作記事だけでなく、その問題点まで扱われているのは、出力を上げながら直線性を維持することが難しかったからです。
測定器について複数の記事があるのは、SSB 波の良否を確認すること自体が容易ではなかったからです。
受信機の改造記事があるのは、新しい SSB 専用受信機を誰もが持っていたわけではなかったからです。
申請の要点まで掲載されているのは、新しい電波形式を正式に免許へ追加することにも、多くの疑問や不安があったからでしょう。
それぞれの記事は、単独の技術解説であると同時に、当時のアマチュアが直面していた問題への回答でもあります。
つまり、この書籍そのものが、日本で SSB を普及させるために、何を解決しなければならなかったのかを示しているのです。
現在では一台の無線機に収まった技術
本書に掲載されている機能のほとんどは、現在では1台のトランシーバの中に収められています。
SSB エキサイタ、平衡変調器、フィルタ、周波数変換器、リニアアンプ、VOX、送受信切替、受信機、BFO、AGC、測定機能まで、すべて一台の無線機が自動的に処理します。
さらに、現代の無線機では DSP によって送信帯域、受信帯域、ノイズ低減、ノッチフィルタ、コンプレッサ、イコライザなどを細かく設定できます。周波数安定度も昭和37年当時とは比較にならず、電源を入れれば短時間で安定した運用が可能です。
私たちは、マイクを接続して PTT を押すだけで、きれいな SSB 波を送信できます。
しかし、その「当たり前」の機能を分解していくと、本書に掲載されている一つ一つの記事へたどり着きます。
現在のトランシーバは、この本に掲載された多数の回路と調整技術を、高度に集積し、自動化したものともいえます。
だからこそ、本書を読むと、普段何気なく使っている無線機の内部で、どれほど多くの処理が行われているかを改めて実感します。
技術書であると同時に、SSB 黎明期の一次資料
『SSB・ハンドブック』は、真空管式 SSB 送受信機を作るための技術書です。
しかし、現在から見れば、それだけではありません。
日本で SSB が普及し始めた時代に、どのような方式が検討され、どのような部品が使われ、何が問題になり、どのような測定や調整が必要とされたのかを伝える、貴重な歴史資料でもあります。
後年になって整理された回顧録ではなく、SSB 開拓の現場にいた人々が、その時点の知識を直接書き残しています。
回路図の線一本、部品表の真空管一本、調整手順の一文にも、当時の部品事情、測定環境、技術水準が反映されています。
それは単なる昔の回路ではありません。
限られた部品と測定器を使い、未知の通信方式を何とか自分のものにしようとした、アマチュア無線家たちの足跡です。
先人たちが作った「当たり前」
現在、HF 帯で SSB を運用することは特別なことではありません。
無線機の電源を入れ、周波数を合わせ、USB または LSB を選び、PTT を押せば声が電波に乗ります。搬送波の抑圧量や不要側波帯の減衰量を、運用のたびに測定する必要もありません。
しかし、その便利さは最初から存在したものではありません。
フィルタ方式と位相方式を試し、搬送波を消し、不要側波帯を抑え、周波数安定度を高め、直線増幅器を調整し、測定方法を考え、実際の交信を重ねてきた人々がいました。
『SSB・ハンドブック』には、その過程が凝縮されています。
目次に並ぶ記事名を追うだけでも、SSB を一つの実用的な通信方式として成立させるために、どれほど多くの技術が必要だったかが分かります。
昭和37年初版のこの本は、単なる古い真空管回路集ではありません。
日本における SSB の黎明期に、アマチュア無線家たちが新しい通信方式へ挑戦した記録であり、回路を自分で理解し、測定し、作り上げ、電波として完成させるという、アマチュア無線本来の精神が詰まった一冊なのです。
ページをめくりながら回路図を眺めていると、現代ではスイッチ一つで選べる「SSB」というモードの裏側に、先人たちの膨大な試行錯誤が積み重なっていることを実感します。
そして、この本を手にしたことで、現在当たり前のように楽しんでいる SSB 通信を、もう一度、その原理と歴史の入り口から眺め直してみたくなりました。
最後に、CQ 誌もそうですが、昭和時代に刊行された無線本は本当に勉強になります。