皆さんは R.L. Drake(アール・エル・ドレーク)という名前をご存じでしょうか。
海外の無線事情に関心のある方、あるいは古くからの DXer やハムであれば、一度は耳にしたことがある、あるいは今でもシャックに鎮座していたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。その響きや、独特なブルーグリーンのダイヤル照明に、どこか懐かしさを感じる方も多いと思います。

※ 写真は Wikipedia から転載
かつてのアメリカで、圧倒的な信頼性を誇る受信機やトランシーバーを生み出し続けた名門メーカー、それが R.L. Drake でした。
今回、その Drake 社の誕生から全盛期、そしてアマチュア無線市場から姿を消すまでを辿った YouTube 動画を見つけましたので、ご紹介します。
動画紹介
"What Happened to Drake Radio? | The Receiver That Ruled Ham Radio for 20 Years"
www.youtube.com
この動画は、アマチュア無線家はもちろん、通信機器の歴史や、古き良きアメリカのモノづくりに関心のあるすべての人に観ていただきたい内容です。
Drake 社とは何だったのか
一人のハムの情熱から始まった
Drake 社の起源は、創業者である Robert Lloyd Drake(W8CE)のモノづくりに対する情熱に遡ります。第2次世界大戦中に独立した彼は、優れたフィルターを製造していましたが、自身も根っからのアマチュア無線家でした。 SSB の受信性能に不満を持っていた彼は、自ら理想の受信機を設計します。「1A」と名付けられたその受信機が大ヒットしたことで、Drake 社は本格的な無線機メーカーとしての道を歩み始めました。
伝説の「Drake Twins」と名機たち
Drake を語る上で欠かせないのが、セパレートスタイルの「Drake Twins(R4 受信機と T4X 送信機)」や、トランシーバーの TR3、TR4 といった名機たちです。 VFO の代わりに PTO(透磁率同調オシレーター)を採用し、驚異的な周波数安定性を誇りました。そして何より、暗い部屋でブルーグリーンに光るダイヤルは、Drake 製品の象徴的なデザインとして多くのハムに愛されました。
衰退 ― 何が起きたのか
日本メーカーの台頭と市場の変化
1970年代後半、TR7 などの優れたソリッドステート機を投入したものの、市場環境が急激に変化します。 TRIO(現 Kenwood)や Yaesu、Icom といった日本メーカーが、デジタル表示や多機能を備えた無線機を大量生産し、市場を席巻するようになりました。さらに当時の「強いドル」も逆風となり、アメリカ国内で手作業の調整にこだわる Drake の生産スタイルでは、コスト競争を維持できなくなってしまったのです。
新たな市場への転換
しかし、Drake は単に消滅したわけではありませんでした。彼らはその高い技術力を活かし、家庭用衛星放送受信機(TVRO)や商業用の通信機器市場へと見事に転換を遂げます。 また、1990年代には BCL・SWL 向けの名機「R8」シリーズを発売し、2000年代まで高品質な受信機を作り続けました。
ハムとして思うこと
動画の最後でも語られていますが、1960年代に製造された Drake の無線機は、半世紀以上経った今でも多くの愛好家によって修理され、実際にオンエアで使われています。 ブラックボックス化された現代の最新機器とは異なり、「手で開けて、回路を理解して、自分で直せる」という設計思想が、世代を超えて受け継がれる耐久性を生み出したのでしょう。 日本のメーカーが台頭し、Drake がアマチュア無線の表舞台から去った歴史には少し寂しさもありますが、彼らが残した「モノづくりの哲学」は、私たちハムにとって今も色褪せることはありません。
まとめ
この動画は約33分と見応えがあり、Drake 社の歴史と彼らが作り上げた名機たちについて分かりやすく振り返ることができます。
Drake などのクラシックリグに思い入れのある方には、きっと、あのブルーグリーンのダイヤルの灯りが懐かしく思い浮かんでくるはずです。
また、今回ご紹介した YouTube チャンネル「Buried History with Jonathan Reed」には、以前このブログで取り上げた「RadioShack」の動画も掲載されています。その他にも、真空管の歴史や、Hallicrafters(ハリクラフターズ)、Heathkit(ヒースキット)、Collins(コリンズ)など、アマチュア無線家にとって関心の深いメーカーや技術の「埋もれた歴史」に焦点を当てた動画が多数公開されています。
ぜひ一度ご覧ください。