このブログ、普段はアマチュア無線や電子工作に関する話を書いているのですが、日々を過ごしていると、ふと「これは誰かに話したくなるな」と感じる場面に出くわすことがあります。今回はそんな日常の一コマを書き留めてみました。無線とはまったく関係のない話ですが、お付き合いいただければ幸いです。
ちょっと早めの一杯のつもりが
その日、私は夕方5時という、酒飲みにとってはまだ少し気の引ける時間帯に、誰もが名前を知っているであろう全国チェーンの焼き鳥店に足を運びました。一杯ひっかけるには早すぎる時間ですが、こういう中途半端な時間に飲み始める一杯というのは、なんとも言えない背徳感と心地よさがあるもので、そんな気分を楽しみに暖簾をくぐったのです。
時間帯のせいか店内は閑散としていて、私は案内されるままレジのすぐ後ろのカウンター席に腰を下ろしました。ハイボールを片手に、ようやく一日の張り詰めた気持ちがほどけてきた頃でしょうか。背後のレジのあたりから、なにやら話し声が聞こえてくることに気がつきました。
聞こうとして聞いたわけではありません。なにせ私の席はレジから数十センチの距離。聞きたくなくても、声は耳に飛び込んでくるのです。

妙な「指導」の声
聞こえてくるのは、アルバイトらしき若い男性店員の遠慮がちな相づちと、それに対する中年女性の落ち着いた、しかしどこか粘りのある声。最初、私は「ああ、社員のベテランパートさんが、新人アルバイトに何か接客指導でもしているのかな」と思ったのです。声のトーンが怒鳴るでもなく、むしろ淡々としていて、説教というよりは諭しているような響きだったからです。
しかし、それにしては妙です。業務上の指導なら、客のいるレジ前ではなくバックヤードでやればいい話。なぜわざわざ客のいるところで?・・・そう思った瞬間、好奇心がむくむくと頭をもたげてしまいました。聞き耳を立てるなんて品のない振る舞いだとは思いつつも、まあ、聞こえてしまうものは仕方ない。私は焼き鳥をつまみながら、すっかり耳を澄ませていました。
そして、しばらく聞いているうちに、状況が呑み込めてきたのです。
「指導」の正体
声の主は、社員でもパートさんでもなく、おばさん二人連れの客の片方でした。指導されていたのではなく、指導していたのは客の方。アルバイトの青年は、ひたすら頭を下げる側だったのです。
おばさんの言い分はこうでした。
「あなたね、私たちが一番最初に来たお客なのに、入口に一番近い1番テーブルに通したでしょう。あれは一番最初のお客に対して敬意を払っていないということなの。最初に来たお客は一番奥の席に通すのが常識でしょう。あなた、上座という言葉を知らないの?」
私は思わず手を止めました。上座・・・。たしかに会議室や宴会の席では意識する話ですが、全国チェーンの、しかも料金も庶民的な焼き鳥店で、それを言い出す客がいるとは。
しかし話はこれで終わりません。
「それから、頼んだ焼き鳥にコゲがあったの。3皿頼んで、3皿全部にコゲがあったのよ。だから全部下げてもらったでしょう。あれ、ちゃんと料金から引かれているか確認しなさい」
「だいたい、焼き鳥に問題があって突き返したのに、どうして焼いた本人が私のところまで謝りに来なかったの?」
「あなたの名前と、ホールで焼いていた担当者の名前を教えなさい。このあと本部に連絡を入れるから」
ネチネチ、というのが一番似合う調子で、おばさんの口は止まりません。怒鳴りもしない、声を荒げもしない、ただ淡々と、刺すように言葉を重ねていきます。怒鳴られるよりずっと怖いやつです。
炭火で焼く焼き鳥にコゲがあってはならない、というのも、私には新鮮な主張でした。むしろあの香ばしい焦げ目こそが焼き鳥の醍醐味では?と思うのですが、そこはまあ、好みの問題かもしれません。しかし「コゲがあったから3皿全部返した」というのは、ちょっとした事件です。

残された青年
ひとしきり言い終えたおばさんは、連れと一緒に店を出ていきました。残されたアルバイトの青年は、しばらくレジの前で固まっていたように見えました。
そして、これまた偶然なのですが、その青年が戻ってきた先のホールのカウンターは、私の真隣だったのです。これでは聞かないようにする方が難しい。彼はホールで焼き台に立っていた女性スタッフのところまで歩いてきて、ぼそぼそと先ほどのやりとりを報告し始めました。
「もう、今日はダメです。本部にも連絡入れるって言われて・・・。ショックでやる気なくしました」
肩を落とし、声に張りがありません。客がすぐ隣にいることも頭から飛んでいるのか、ふだんなら表に出さないであろう本音が漏れていました。女性スタッフは黙って聞きながら、なんと声をかけたらいいのかと言葉を探しているようでした。
私は焼き鳥を口に運びながら、なんとも言えない気持ちでハイボールのグラスを傾けるしかありませんでした。
同じ世代として恥ずかしい
正直なところ、もし私があの立場で同じことを言われたら、やはりショックを受けると思います。ただ、ショックの中身は青年とは少し違うかもしれません。
言われた内容そのものというより、自分と同じくらいの世代の・・・おそらく人生の酸いも甘いも噛み分けてきたであろう年齢の・・・大人が、しかも公衆の面前で、淡々とこういうことを若い子に向かって言える、という事実そのものに、私はショックを受けたと思うのです。
年齢を重ねるというのは、分別を身につけるということとイコールではないのだなと、改めて思い知らされました。むしろ歳を取れば取るほど、自分の主張に「正しさ」の鎧をまとわせて、相手に振り下ろすことを覚えてしまう人もいる。「年長者だから」「客だから」という肩書きが、振り上げた拳をますます重くしてしまうのかもしれません。
願わくば
あのアルバイトの青年が、この一件で店を辞めてしまわなければいいのですが・・・というのが、聞き耳を立てていた、私、小市民の率直な願いです。
世の中にはこういう客もいる、というのは、彼にとっては痛い社会勉強だったでしょう。しかし、こういう経験を経て、彼自身は「ああはなるまい」と思える分別ある大人に育ってほしい。そして、いつか後輩が同じような目に遭ったときに、肩を叩いて「気にするな、ああいう人もいるんだ」と笑ってやれる先輩になってくれたらいいなと、勝手なおじさんは思うわけです。
それにしても
しかし不思議なのは、全国チェーンの庶民派焼き鳥店に、上座下座の作法を求める感覚です。炭火で焼く料理に焦げ目があってはならないという発想。3皿全部下げさせて、さらに焼き手本人の謝罪を要求し、本社にも電話する・・・という、コース料理のフルセットのような苦情のたたみかけ。これがたとえば一人前が1万円もするような高級店での出来事なら、まだ話はわかります。しかし舞台は、サラリーマンが仕事帰りに一杯ひっかける、あの焼き鳥屋なのです。
人それぞれの価値観、と言ってしまえばそれまでですが、帰りの電車で隣に座っているあの人も、向かいで吊り革につかまっているあの人も、もしかすると人知れずこういう一面を持っているのかもしれない・・・そう思うと、世の中というのはなんとも奥深いものに感じられます。
客商売というのは、本当に大変な仕事だと改めて思いました。私たちはついつい「お金を払う側」というだけで偉くなったような気がしてしまいますが、その勘違いがいかに恥ずかしいか、忘れずにいたいものです。
それにしても、世の中にはすごい人もいるものです。幽霊より、妖怪より、ヒトが一番こわい・・・そんなことを実感した、夕方5時のひとときでした。
