私の友人である JH7VHA 柴田さんから、先日開催されたハムフェアでのブース内の会話をきっかけに、興味深い記事を寄稿していただきました。
私は「ファインアンテナ研究所」といえば、CQ 誌に掲載されていた広告で見かける程度の知識しかなく、「リニアアンプで使うような高耐圧パーツを扱っているお店」という印象だけを持っていました。店主がお亡くなりになっていたことも、今回の記事で初めて知りました。
当時の記憶を辿るように綴られた、柴田さんの思い出話。きっと同じ時代にアマチュア無線を楽しまれていた方々には、共感していただける内容かと思います。
それでは、柴田さんの記事をご覧ください。
2025年8月23日~24日、有明 GYM-EX で開催された「ハムフェア 2025」に行ってきました。
今回の一番の目的はアイボールで、2日間で9局の方とお会いすることができました。
2日目は少し真面目に、会場内の各ブースをじっくり見て回りました。
その途中、「ファインアンテナ研究所」の話題で盛り上がっている方々を見かけ、思わず足を止めて耳を傾け、いわゆる「たぬき」をしてしまいました。
そんなわけで、よみがえる若い頃の思い出です。
今は昔
恵比寿に「ファインアンテナ研究所」という店がありました。
写真1
CQ 誌の白黒ページに広告が載っていました。
マニアックなものを扱っていました。
1980年代初め頃、東京で大学生をやっていた私は、何回かこの店に行きました。
店主が、いろいろお話をしてくれました。
その中で、今でもハッキリと憶えている話があります。
店主:「SSB で相手の声の裏側で、電車がだんだん近づいてくるのが分かる」
「これが SSB の理想」
「そのために、何が大事だと思う?」
私 :「周波数安定度かなー?」
店主:「そのとおり」
|
中略
|
店主:「これからは、あなたたち若い人の時代だから、がんばりなさい」
私 :「はい」
写真2
あれから 40 年。私は約 30 年ぶりに HAM を再開しました。
DDS (Direct Digital Synthesized )VFO だけでは、高周波数安定度は得られないことを実感しました。
基準周波数発信器:OCXO(Oven Controlled X'tal Oscillator)
局部発振回路:PLO(Phase Locked Oscillator)![]()
こんな感じかな?
店主は何年か前に、亡くなられたそうです。
「中島さん ありがとうございました」
写真3
ファインアンテナ研究所で購入した「3-500Z用プレートキャップ」を、現在は「6146」に取り付けています。
本来の「3-500」本体は高価で、とうとう手が届きませんでした。
今の無線機は周波数安定度が非常に高く、SSB 交信では相手局の声の背後に奥様の声までもが、驚くほど澄んだ音で聞こえてきます。昔も奥様の声が聞こえることはありましたが、周波数安定度が低かったためか、よくお子さんの声と聞き違えたものでした。
高校生の頃、21 MHz の SSB で複数局と交信していたときは、各局の周波数が微妙にずれていて、
「お前がずれている」「いや、お前の方だ」
といったやり取りが当たり前のように繰り返されていました。
電信の世界でも、交信開始時と終了時では音調がまるで違い、受信周波数を合わせ直しながら応答するのが常でした。
あれから数十年。再び、あのドリフトする周波数を追いかけてみたくなりました。
少年だったあの頃の気持ちは、おじいさんになった今も変わらず、周波数を追いかけ続けています。
と、なむ語り伝えたるとや
■ ■ ■
柴田さんの記事、いかがだったでしょうか。
「ファインアンテナ研究所」の店主とのやり取りや、周波数安定度についての思い出話には、技術的な話題だけでなく、その時代の空気や熱量が感じられました。若い頃の体験が、何十年経っても心に残っているというのは、アマチュア無線が単なる趣味を超えた、大切な時間だったことを物語っていると思います。
いまや DDS や OCXO が当たり前になった時代ですが、「周波数を追いかける楽しさ」は、形を変えて今も残っています。そんな昔と今をつなぐエピソードとして、今回の寄稿が多くの方にとって懐かしく、また新鮮にも感じられたのではないでしょうか。
柴田さん、ありがとうございました。