JH1LHVの雑記帳

和文電信好きなアマチュア無線家の雑記帳

スポンサーリンク

tinySA Ultra を標準信号発生器(SSG)として活用する

■ はじめに

最近このブログでもたびたび記事にしている「12dB SINAD 測定」ですが、この測定を行うには、標準信号発生器(SSG: Standard Signal Generator)が必須となります。しかし、従来の SSG は価格・サイズともに個人での導入ハードルが高く、気軽に所有することは難しい状況でした。

そこで今回は、近年アマチュア無線家の間で注目を集めている小型測定器「tinySA Ultra」を、SSG の代用として活用する方法についてご紹介します。実際に行った設定のポイントなども交えながら、お伝えしていきます。

■ 従来の SSG 導入における現実的な課題

標準信号発生器と聞くと、多くの方は大型のプロ用測定器を思い浮かべると思います。確かに、これらは高精度で安定した信号を提供してくれますが、個人で所有するには様々な障壁があります。

  • 新品価格は数十万円から数百万円が一般的
  • 中古品でも相当な出費となり、さらに大型で設置場所に困る
  • アマチュア無線家向けに特化した製品はほとんど見当たらない
  • 比較的安価な中国製 SSG も存在するが、性能や長期的な信頼性に疑問が残る

私自身も中国製の SG-1501B というモデルを所有していますが、かなりの大きさで、シャックのスペースを圧迫しています。「数万円程度で購入でき、かつコンパクトな SSG はないものか」と常々探していましたが、これまで理想的な製品には出会えませんでした。

■ tinySA Ultra ― 小さな測定器の可能性

このような状況下で注目を集めているのが、「tinySA Ultra」です。本来はポータブルなスペクトラムアナライザとして開発された機器ですが、重要な特徴として RF 信号の出力機能を内蔵しています。この機能を活用することで、工夫次第で簡易的な SSG としての運用が可能になります。

以下は、tinySA Ultra の RF 出力機能(仕様)です。

  • 出力周波数範囲:100kHz ~ 960MHz
  • 変調方式:1kHz の FM 変調に対応(受信感度測定に必要な条件)
  • 周波数偏移(Deviation):細かく調整可能(実用上 2~5kHz 程度)
  • 出力レベル:0dBm ~ -110dBm の範囲で 1dB 単位の細かい調整が可能

これらの仕様を見ると、「12dB SINAD 測定に必要な条件をほぼ満たしているのでは?」と気づいた方もいらっしゃるかもしれません。実際に試してみると、その実用性の高さに驚かされます。

■ 12dB SINAD 測定の基本と必要条件

ここで改めて、12dB SINAD 測定について確認しておきます。SINAD とは「Signal + Noise + Distortion to Noise + Distortion ratio」の略で、信号と雑音・歪みの比率を表します。12dB SINAD は、受信信号の「信号+雑音+歪み」のレベルが、無信号時の「雑音+歪み」レベルより12dB 高くなる最小の入力信号レベルを意味します。

この測定を正確に行うためには、以下の条件を満たす信号源が必要です。

  • 測定対象の受信機と同一周波数の搬送波
  • 1kHz の正弦波による FM 変調
  • 適切な周波数偏移(Deviation)
  • 非常に低い RF 出力レベル

tinySA Ultra はこれらの条件にほぼ対応していますが、唯一の課題は出力レベルの下限値です。最小でも -110dBm までしか下げられないため、感度の高い受信機を測定する場合には、外部アッテネータ(ATT)を追加して減衰させる必要があります。

20dB ATT を挿入しました。(Amazon でも購入可能)

■ 実験:tinySA Ultra を使った受信感度の実測

実際に手持ちのアルインコ製ハンディ(145.00MHz)の感度を、tinySA Ultra を用いて測定してみました。SINAD 測定には、以前自作した M5Stack Core2 の SINAD 計を使用しています。

測定時の tinySA Ultra の設定は以下の通りです。

  • 出力周波数:145.00MHz
  • 変調:1kHz の FM 変調
  • 偏移量:3.5kHz
  • 出力レベル:-110dBm
  • 外部アッテネータ:20dB 挿入
  • External Gain設定:-20dB(接続したアッテネータの値を入力)

これにより、実質的な出力は約 -130dBm 相当となり、ハンディ機の感度測定には最適な信号レベルとなりました。

実際の測定結果も、手元の中華製 SSG を使用した場合とほぼ同等であり、再現性や測定精度に関して特に問題は見られませんでした。

ただし、出力レベルの設定については少々注意が必要です。タッチパネル操作では 1dB 単位の調整しかできず、0.1dB 単位の細かな調整を行うには、“Set” メニューから数値を直接入力する必要があります。この点は、微調整の操作性にやや不便さを感じました。

■ tinySA Ultra を SSG として使用するメリット

実際に使用してみて感じた、tinySA Ultra の SSG としてのメリットは以下の通りです。

  1. 圧倒的なコンパクトさ:従来の SSG と比較して非常に小型(ポケットサイズ)であり、作業机の片隅でも十分に使用可能
  2. 多機能性:本来の機能であるスペクトラムアナライザとしても使用でき、1台2役の測定器として活躍
  3. 優れたコストパフォーマンス:数万円で入手可能で、専用 SSG と比較して経済的
  4. 直感的な操作性:タッチパネルと物理ボタンを組み合わせたユーザーインターフェースで、複雑な設定も比較的容易
  5. 拡張性と将来性:ファームウェアアップデートによる機能拡張が期待できる

■ 実用上の注意点と対策

もちろん、本格的な SSG の代用として使用する際にはいくつか注意点もあります。

  • 出力レベルの下限:-110dBm が下限のため、外部アッテネータが必須
  • 信号純度:業務用 SSG と比較すると、高調波やスプリアスがやや多い傾向あり
  • 温度安定性:長時間使用時や環境温度変化に対する安定性は業務用機器に劣る

これらの点は理解した上で使用することで、実用上は十分対応可能です。特に、アマチュア無線機の感度測定という用途においては、絶対値よりも相対的な比較が重要なケースが多く、その意味では十分な性能と言えると思います。

■ tinySA Ultra はアマチュアの強い味方

本格的な SSG の代用品として、tinySA Ultra は非常に魅力的な選択肢です。もちろんプロ用測定器に比べれば性能面での差はありますが、「12dB SINAD測定」という特定の目的においては、十分実用に耐える性能を発揮してくれます。

今回の検証を通じて、tinySA Ultra が実用的な SSG として機能することが確認できました。このような手頃な機材を活用することで、これまで敷居が高かった受信機の感度測定が、一般のアマチュア無線家でも気軽に行えるようになります。

皆さんもぜひ、お持ちの tinySA Ultra の新たな活用法として、SSG としての可能性を探ってみてはいかがでしょうか。受信機の性能を定量的に評価できるようになると、無線機への理解も一層深まるのではないでしょうか。