FM 受信機の感度評価によく用いられる指標のひとつに「SINAD」があります。これは「Signal to Noise And Distortion」の頭文字を取ったもので、受信機がどれだけ純粋な信号を取り出せるかを示す指標です。
具体的な測定方法としては、1 kHz トーンで変調された信号を受信機で受信し、出力されたオーディオから 1 kHz 成分をノッチフィルタで取り除き(ノイズ+歪成分のみを抽出)、それを元の信号成分と比較するのが一般的です。この比率は通常、デシベル(dB)単位で表され、値が大きいほど受信性能が高いことを示します。
アマチュア無線機の場合、12dB SINAD が実用感度の目安とされることが多く、これは信号(S)がノイズと歪み(N+D)より 4 倍強い状態に相当します。
ただし、こうした測定を高精度に行うには、市販の高価な測定器や特別な機能が必要となることが少なくありません。一般的な計測器でも数十万円ほどする場合があります。そこで今回は、市販品と同等の機能を目指した「SINAD 計」を自作してみました。
製作した SINAD 計
製作の経緯
回路図と基板
以前、1 kHz ノッチフィルタの製作が上手くいかないという記事をブログに掲載したところ、nobcha さんから有益な SINAD 測定に関する情報と回路図(License: GPL 3.0)を教えていただきました。この回路図はとても参考になり、「自分でも基板を設計してみよう」と KiCAD で作業を進めていました。
さらにウェブ上を調査していると、すでにガーバーデータ(基板製造用のデータ)が公開されていることを発見。そのデータをそのまま利用して中華業者へ発注したところ、スムーズに基板を製作することができました。これにより、一から回路を引き直す手間が大幅に省けました。
nobcha さんにはこの場を借りて改めて感謝いたします。こうした情報提供やノウハウの共有こそが、アマチュア無線の大きな魅力だと改めて実感しました。
パーツ取り付け
測定時の負荷抵抗として、8 Ω のスピーカー出力に合わせた 3W(8.2Ω)の抵抗を、あらかじめこの基板に取り付けました。この負荷抵抗は、実際のスピーカーの代わりとなるダミーロードとして機能します。
基板へのパーツ取り付けだけであれば、ハンダ付けは短時間で済みます。必要な部品をあらかじめ揃え、回路図と基板のシルク印刷に従って正しい位置に取り付けるだけなので、慣れていれば 1 〜 2 時間程度で終了します。
しかし、ユニバーサル基板で手配線を行う場合は、丸一日かかるんじゃないでしょうか。ユニバーサル基板では、部品間の接続をすべて配線用ワイヤーで行う必要があり、回路図を見ながら一つ一つ確認しながら配線していく必要があります。特に初心者の方は、回路を理解しながら慎重に作業することが必要です。配線ミスを防ぐためには、完成した部分から順にテスターで導通確認を行うと良いです。
アナログメータについて
今回の回路図にはアナログメータの仕様が明記されていなかったため、回路から推定して「最大指示電流 100µA」のメータを用意しました。ただし、このメータは内部抵抗や指針の動きに個体差があるため、必ず実測や校正による補正が必要です。
アナログメータを選ぶ際に重要なのは、感度と内部抵抗です。たとえば 100µA 感度のメータはごく小さな電流変化も検出できるため、SINAD 測定のような微細な変化を見るのに適しています。なお、このタイプのメータの内部抵抗は 500Ω ~ 2kΩ 程度と幅があり、メーカーや型番によって異なります。
SINAD 値をそのまま dB 目盛りに対応させるためには、メータのスケール板(目盛り)を作り直す必要があります。しかし「どの値を基準にメータを指示させればいいのか」という点が最大の課題でした。SINAD 測定では通常、12 dB を最小可読性(信号が聞き取れる最低レベル)の基準としていますが、正確な目盛りを作るには信頼できる測定値が必要です。
そんな折、中古で FUJISOKU FL-3010A というメーカー製の SINAD 計を運よく入手できたため、これを基準にキャリブレーション(校正)することで、自作メータの目盛りを正しく振らせることが可能になりました。
メーカー製の FL-3010A を入手できたことで、一時は自作の SINAD 計の製作を中止しようかと考えました。しかし、すでに基板の発注と部品も全て揃っていたので、製作は最後まで続行することにしました。
中古で入手した FUJISOKU FL-3010A
実際の測定とメータのスケール調整
校正の方法
具体的には、アルインコ製ハンディ機 DJ-G7 の受信感度測定を行いながら、FUJISOKU FL-3010A で実測した SINAD と同じ値を自作 SINAD 計が示すように調整しました。
まず、複数の測定値とメータ電流(µA)との対応表を作成し、1 つの基準点(たとえば 6 dB)のみならず複数の SINAD 値を測定してメータ指示を合わせています。これは、アナログメータが必ずしも線形動作をしないため、スケール全体で複数のポイントを基準にキャリブレーションを行うことで、より正確な目盛を得ることができるためです。
FL-3010A SINAD(dB) | SSG (dBµ) | SSG (dBm) | 自作メータ(µA) |
---|---|---|---|
1 | -26.0 | -133.0 | 70 |
2 | -22.6 | -129.6 | 66 |
3 | -21.5 | -128.5 | 59 |
4 | -20.2 | -127.3 | 56 |
5 | -19.2 | -126.2 | 52 |
6 | -18.5 | -125.5 | 50 |
7 | -17.9 | -124.9 | 46 |
8 | -17.3 | -124.3 | 44 |
9 | -16.6 | -123.6 | 40 |
10 | -15.7 | -122.7 | 35 |
11 | -15.2 | -122.2 | 32 |
12 | -14.8 | -121.8 | 30 |
14 | -14.0 | -121.0 | 28 |
16 | -13.0 | -120.0 | 24 |
18 | -12.0 | -119.0 | 22 |
20 | -10.0 | -117.0 | 20 |
注記:上記の dBµ や dBm はあくまでも FL-3010A 側の目安値であり、誤差は出る可能性があります。
実際に行った調整の詳細
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VR1、VR2 の調整(ノッチフィルタ調整)
- 1 kHz の信号を入力し、自作基板上のノッチフィルタ(1 kHz成分を除去)の利きが最大(メータの振れが最小)になるよう VR1 と VR2 を微調整します。
- 理想的には、メータ指示がほぼ 0 になるまで追い込めるのがベストです。ノッチ特性がしっかり出ていれば、1 kHz 成分がほぼ消え、メータが振れなくなります。ちなみに、本基板では、メータの振れは 0 に調整することができました。
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VR3 の調整(メータの感度合わせ)
- 当初は「1 kHz 以外(たとえば 3 kHz)の信号を入力してメータが最大になるよう調整」という方法を試しました。しかし、このやり方では正しく校正できず、SINAD 値を正確に示せませんでした。
- 最終的には、実際の受信機出力が SINAD 6 dB になるように受信機に信号を入力し、メータ指示が ちょうど中点(50 µA)= 6 dB を示すように VR3 を合わせる、という方法がうまくいきました。
具体的には、SSG から -125.5 dBm の信号を受信機に入力し、SINAD が 6 dB になる状態を基準にして、自作の SINAD 計メータがちょうど中央(50 µA)を指すように VR3 を調整しました。すると、ほかの入力レベルでも両者の指示値がほぼ一致するようになります。
メータ表示板(目盛り)の作成
自作メータの最大指示値は 100 µA ですが、SINAD の目盛り範囲を「0~20 dB」程度にするため、上記の表をもとに(中点として 6 dB に相当する 50 µA を基準に)以下の作業を行いました。
- FL-3010A と DJ-G7 の実測データを基にアナログメータの振れを取得(複数の SINAD 値で指示 µA をメモ)
- デザイナーソフトを使ってメータスケールを作図
- シール用紙に印刷し、既存のアルミ製スケール板の上に貼る
私の場合、デザインソフトを年に数回しか使わないので細かい操作を忘れてしまっており、見栄えがあまり良くない仕上がりになってしまいました。今回の表示板作成を通じて、滅多に使わないツールの操作方法はすぐに忘れてしまうという現実を改めて実感しました。
ケースの製作
今回は 3D プリンタを用いて本体ケースを製作しました。市販のアルミケースを探したものの、希望するサイズが見つからず、さらにアナログメータを取り付けるための丸穴(直径約 48.5 mm)をきれいに開ける手間も考慮すると、3D プリンタで自作したほうが合理的でした。そこで、図面作成が容易なシンプルな箱形デザインにフタを付け、自前で造形することにしました。
- 本体側にはインサートナットを埋め込み、上フタはプラスネジで固定できるようにしています。
- 表面の塗装は、ヤスリがけ作業を省略したかったため、今回はそのまま 3D プリンタで成形した素材むき出しにしています。
- 仕上げにこだわる場合は、パテ埋め → サーフェイサー塗布 → 塗装 と進めると美しくなりますが、これは根気のいる作業となるので、今回は手抜きです。
3Dプリンタの活用は測定機器自作における大きなアドバンテージです。特にアマチュア無線機器のような特殊なサイズや形状が必要な場合、既製品のケースを加工するよりも効率的です。アナログメータ用の 48.5 mm の丸穴を精密に開けるには、通常ならホールソーや旋盤などの工具が必要ですが、3Dプリンタであれば設計段階で正確なサイズの穴を配置することができます。
本体と上蓋のプリントには、合わせて約 15 時間ほどかかりました。(材質:PLA)
2.5mm 厚で造形しました。
まとめ
今回、FUJISOKU FL-3010A を入手したことで、その出力を基準として自作の SINAD 計を完成させることができました。特に、1 kHz ノッチフィルタの調整とアナログメータのキャリブレーションが要となり、これらを正しく行うことが SINAD 値を正確に示すカギでした。
アナログメータのキャリブレーションでは、FL-3010A との並行測定で得られた複数のデータポイントをもとに、非線形な SINAD 値とメータ電流の対応関係を正確に把握することが重要です。特に実用的な 6 dB〜20 dB の範囲を細かく校正することで、より実用性の高い測定器に仕上げることができます。
もし「SINAD 計を自作してみたい」「FM 受信機の感度を自分で評価してみたい」という方がいらっしゃれば、本稿を参考にしていただければ幸いです。部品の入手や計測器の準備など手間がかかる部分もありますが、その過程を楽しむのもアマチュア無線の醍醐味でしょう。
自作測定器にはコスト面でのメリットだけでなく、回路の動作原理を深く理解できるという教育的な価値もあります。さらに、自分の用途に合わせてカスタマイズできる点も、アマチュア無線家の技術力向上に大いに役立つはずです。これからも、こうした技術的チャレンジを楽しみながらアマチュア無線の世界を探求していきたいと思います。