今回のテーマはアッテネーターについてです。
盗聴器探索や Fox ハンティングで送信機を探す際には、強力な信号によって受信機が飽和しないよう、信号を適切なレベルまで減衰させることが重要です。特に、送信機の近くでホイップアンテナを使用する場合、受信機の S メーターが中央付近(おおよそ S5、機種によっては S9)を指すためには、どの程度のアッテネーターが必要になるのでしょうか?
条件
以下の条件をもとに、適切なアッテネーターの必要量を概算します。
- 送信機の出力:10mW および 1W
- 受信機の S メーターが中央付近(S5 ~ S9)を指すことが目標
- 送信機と受信の距離:約1m
- 受信機に接続するアンテナ:ヘリカルアンテナ(利得 2.15dBi)
S メーターの中央値について
アマチュア無線機の S メーターは、一般的に「S9 を 50Ω で 50µV(−73dBm)」を基準としており、1つの S メーター目盛りが約 6dB ずつ変化すると言われています。
- S9 → S8 → S7 → S6 → S5
S9 の代表的な基準
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S9 = 50µV(−73dBm、50Ω 換算)
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S9 = 100µV(EMF 換算で−67dBm)
〇 50µV (−73dBm@50Ω)
アマチュア無線機で「50Ω 負荷に対して 50µV 印加」と定義することが多い。
( 1930 年代に、S9 が受信機の入力端子で 50μV に相当することが「IARU 地域 1 技術勧告 R.1」で合意されました)
〇 100µV (EMF 換算で約−67dBm)
別の規格や一部メーカーの表記では、「電圧(EMF=回路が開放状態で測ったときの電圧)で100µV を S9」としているケースもある。この場合は電力換算すると約 6dB ほど大きくなります。
各 S の電力レベル(S9、50µV = −73dBm基準)
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S9 : −73dBm
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S8 : −79dBm
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S7 : −85dBm
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S6 : −91dBm
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S5 : −97dBm
このように、S9 から S5 までの 4 段階の差は 24dB(4 × 6dB)となり、S5 に対応する電力レベルは S9 に比べて 24dB 低い約 −97dBm となります。
例えば、受信機が受信する信号の強度が −97dBm 程度であれば、S メーターはおおよそ S5 を指すことになります。逆に、送信機からの信号出力が強すぎる場合、受信機に入力される信号がこのレベルを大きく超え、S メーターが S5 よりも上の数値を示す可能性があります。そのため、信号を適切に減衰させておく必要があります。
送信電力を dBm に変換
電力をデシベル(dB)で表すときに基準を 1mW としたものが dBm です。
たとえば 1mW を 0dBm、10mW を +10dBm、1W を +30dBm と表します。
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10mW = 10dBm
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1W = 1000mW = 30dBm(10mWの時と比べて +20dB の増加)
必要な減衰量の計算(送信出力と S5 レベルの差分を求める)
送信機の出力と、S メータの目標レベル(例えば S5 の dBm)との差分をとると、どれだけアッテネータで減衰させればよいかがわかります。
S9 の場合(-73dBm)
送信出力 | dBm | 必要な減衰量 |
---|---|---|
10mW | 10dBm | 10dBm - ( -73dBm) = 83dB |
1W | 30dBm | 30dBm - ( -73dBm) = 103dB |
S5 の場合(-97dBm)
送信出力 | dBm | 必要な減衰量 |
---|---|---|
10mW | 10dBm | 10dBm - ( -97dBm) = 107dB |
1W | 30dBm | 30dBm - ( -97dBm) = 127dB |
送信源との距離が極めて近い場合、送信機の強力な信号は受信機にほとんど減衰されずに届くため、S メーターが S5 程度を示すようにするには非常に大きな減衰量が必要になります。これは理論上の値であり、実際にはアンテナ利得、ケーブル損失、自由空間損失などを含めて微調整が必要ですが、近距離であればこのような大きなアッテネーションが求められます。
ヘリカルアンテナのゲインを考慮?
アンテナのゲインが 2.15dBi 程度のヘリカルアンテナなら、ざっくりとしたアッテネータの計算をする上では「誤差の範囲」とみなして問題はありません。
なぜ 2.15dBi 程度なら誤差の範囲なのか?
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Sメータの校正精度
アマチュア無線機の S メータは「S9 = −73dBm」や「1 目盛り = 6dB」という基準がある一方、実際には機種や個体差で数 dB 以上ずれることが多々あります。
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アンテナ間の結合や室内環境
机上に 2 本のアンテナを並べただけでも、反射・近接効果で数 dB 〜 十数 dB くらい変化してしまうことがあります。
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2dB という値の大きさ
S メータ 1 目盛りが 6dB とすると、2dB は 1/3 目盛りほどです。送信機と受信機を至近距離で運用して「S メータを S5 に合わせたい」といった用途だと、アンテナゲインによる 2dB 程度の違いは結果に大きな影響を与えない場合がほとんどです。
たとえば「送信機が 10mW(+10dBm)」「受信機側で S5 = −97dBm(S9 = −73dBm 基準)に抑えたい」という単純計算では 約 100dB 超のアッテネータが必要と算出されます。その中で、アンテナゲインの 2dB 前後は「ほかの要因にかき消される誤差」と考えても差し支えありません。
とはいえ、厳密にやるなら加味すべき
とはいえ、もし「実験や測定で数 dB 単位まで正確を期したい」という場合には、
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送信アンテナのゲイン
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受信アンテナのゲイン
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アンテナの指向性
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実際の空間損失の算出
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送信出力や受信感度の厳密校正
などまで含めて考慮すると、2dB 前後でも足していくと差が大きくなる可能性はあります。
実際の運用では?
送信機と受信機を机の上に並べてアンテナを立てる場合、思ったよりも電波のカップリングが弱く、理論上ほど強い信号が受信機に届かないことがあります。一方、非常に近距離で指向性のあるアンテナ同士を向け合うと、予想以上に大きな信号が入る場合もあります。
いずれの場合でも基本となる計算式は次の通りです。
送信機の出力(dBm) − 受信機で必要なレベル(dBm) = 必要な減衰量(dB)
アマチュア無線を始めたばかりの方でも、「Sメーターの1目盛りはおよそ 6dB の変化」という基本を覚えておくと良いでしょう。
これらを参考に、可変式または複数段の固定アッテネーターを組み合わせて試してみてください。適切に調整することで、近くにある送信機からの電波を受信した際、受信機のメーターが振り切れず、S5 程度を示すように設定することが可能です。実際の環境では距離やアンテナの向きなどによって受信レベルは大きく変わるため、理論値を目安にしながら実際に試行錯誤して調整することをおすすめします。
受信用アッテネーターの試作
以前、受信用のアッテネーター(0~113dB)を作成しましたが、今回新たに基板を設計し、改めて製作してみました。
※写真のラベルに誤りがあります。正しくは 0 ~ 113dB です。
今回試作した基板の特徴
- 1206 サイズの SMD 抵抗を使用し、7 種類の減衰量に設定可能です。
- 基板には、SMAコネクター(基板用)および BNC コネクタ用のランドを備えています。
- スイッチには押しボタン式(6mm角)のオルタネートタイプを採用しました。
減衰量の算出方法
iPhone アプリ「RF-Toolbox」を使用して、各減衰量に対応する抵抗値を算出しました。
減衰量(dB) | R1(Ω) | R2 、R3(Ω) |
---|---|---|
10 | 75 | 100 |
20 | 240 | 62 |
30 | 820 | 56 |
40 | 2.4K | 51 |
この基板は、10dB を 2 段、20dB を 3 段、30dB および 40dB を 1 段ずつ組み合わせ、合計で 150dB の減衰量を実現する設計としました。ただし、手元の部品の都合により、一部の抵抗値は算出値から若干異なるものを使用しています。
テプラテープを貼付して識別しやすくしています。
減衰量の確認
本基板の減衰量を確認するため、SSG から 150MHz(FM変調30%)+10dBm の信号を入力し、tinySA を用いて測定しました。
〇 減衰量 0dB(すべてのスイッチ OFF の状態)
測定値: 10.094dB → 挿入損失が約 0.094dB
〇 減衰量 10dB
測定値: 11.4062dB
〇 減衰量 20dB
測定値: 20.406dB
〇 減衰量 30dB
測定値: 30.906dB
〇 減衰量 40dB
測定値: 38.906dB
〇 最大減衰量 150dB(すべてのスイッチ ON の状態)
測定値: 62.906dB
10dB から 60dB までの減衰はほぼ理論通りでしたが、150dB に設定した際、減衰量が約 60dB で頭打ちとなりました。これは主に、SSG の出力レベル不足やノイズフロアの影響が原因と考えられます。理論通りの減衰を得るには、SSG の出力レベルを上げるか、より高感度の測定機器を使用する必要があります。
実試験
DJ-G7 から 2W の出力で送信し、近くに置いた UV-K5 で受信を行いました。試作したアッテネーターを調整した結果、UV-K5 の受信バーを中央付近に合わせることができました。
なお、この基板は金属ケースに収めずむき出しの状態で使用しましたが、希望通り受信入力の減衰が確認できました。
さらに、自宅の固定機(IC-9700)から最大出力 50W(145.60MHz)で電波を発信し実験を行いました。以下は UV-K5 の受信インジケーター表示の変化です。
- 受信インジケーター初期表示:-5 +88
- 80dB のアッテネーター挿入後:-72 +21(LED バー 8/10 点灯)
なお、80dB 以上に設定しても表示に変化は見られませんでしたが、このアッテネーターを使用すれば 50W の送信局も探索可能です。
さらに、前回製作したオフセットアッテネーターと併用することで、受信入力をさらに減衰させることが確認できました。UV-K5 の受信インジケーター表示は次のようになりました。
- 表示:-119 S4
50W の送信による強電界でも UV-K5 の受信インジケーターを S4 まで調整することができました。そのため、オフセットアッテネーターと今回製作したアッテネーターを組み合わせることで、迅速かつ効率的に送信源を探索することができるはずです。
今回製作したアッテネーターは最大 150dB まで減衰可能ですが、実際には最大 100dB 程度でも十分であることが判明しました。